2月17日・・・最初に取れた、紹介状を持って行く予約日
あの日の電話をしなければ、今頃、まだ、検査の最中だった
この手術、一人で、頑張るつもりだったのが、妹と親友に説得されて、変わった日
今は、それで良かったのだと思える
親友から、「来週早々なら、休みが取れるから、ランチか、お茶できそう?」のメールが、入る
この前、行った、意外に近いのに気がつかなかったお店が良い、と返信
バジルソースのスパが美味しかったし、デザートも
彼女は車だし、場所も近いから、大丈夫だろう
楽しみだ・・・このくらいは、許される事を願う
ふと思い出して、追加のメールを・・・「私、前よりゆっくりしか歩けないし、首輪(カラー)もしてるけど、良い?」」
すぐ返信が来た・・・「私は、構わないけど、あなたは、大丈夫? 無理しないでね」
嬉しかった・・見た目で判断する人ではない事は知っているつもりだったけど、聞いておきたかった
昔もこんなことが、あった
杖で人前に出るのを怖がっていた私を、海辺のレストランに、かばうように連れ出してくれた絵画教室の友人がいた
まるっきり性格は正反対で、ちょっと変わった所がある彼女だったけれど、楽しい時間を過ごした
教室の先生でさえ、「そんなにも違う感覚の絵を描くのに、よく一緒に過ごしてるわね」と、あきれられた事もあった
「もう、友達やめよう」、「いいよ」で、自然に受け止めてから、一度もあっていない
彼女も彼女らしく生きているのだろう・・・私に良い思い出を残して
テレビショッピングを、何気なく見ていた
ワニ革(だったと思う)のバッグだし、形等確かに素敵
値段を見たら、20万円(本当は、40万位らしい)
何故選んだか、の生放送が、流れた
「とっても、形が良いし、色も素敵、他の人に自慢できる。お値段も、お手頃だし、そく注文したんです」
「バックは、幾つも持っているんですけどね」
うっ、20万、即、買う?
私には、無理だ・・・やっぱり、富裕層は、存在するんだな・・・こんなの大した額でない超富裕層は、もっといるんだろう
ため息を、つくしかない
入院したら、しばらくは、個室を希望するつもりだけど、安くても、1日1万ちょっと
それが最低で、3つ希望を入れて、何処になるか、解らない
個室にするのも、ちょっと引け目を感じる
感覚の違いが、今の私の生活なんだ・・・改めて、感じさせられた
でも、「それだけあれば、幸せよ」と、良く言われた
だったら、大変な人達が、まだ、いっぱいいる可能性は大だ
何かが、おかしい・・・
とまで、書いて、新聞を読もうと広げたら、デパートの「全国質流れ品大バザール」のチラシが、目に入った
ブランド品には、興味がないから、見た事はないのだけれど、前の事があったから、じっくり見てみた
私は、こういう物に、無知すぎたようだ・・・笑われるね(^^;
自分の好きなデザインや色だったりすれば、値段が安くても構わない人だから、仕方ないんだけれど・・・
エルメス・バーキン35が、100万ちかいし、ハリーウィンストンの腕時計が400万ちかく
質流れだから、本当は、もっと高いのだろう
チラシを見ながら、ため息をつくしかない
もう、そろそろ「アイリスさんの独り言」に、戻った方が、良いかな?
でも、2月25日に、自己採血が、あるし、手術の際、一番近くを通る重要な血管のCTもあるし・・
今朝は、疲れるような事をしてないのに、体がえらくて、起きられなかった
それに、気持ちが悪くて、遅い朝食をバナナ1本にして、薬を飲む
いつものように、窓に持たれながら、ぼっとしていたら、
20歳頃、崖から落ちて、ひどい圧迫骨折をした時の事が、ふっと浮かんだ
上半身が、しっかりした船に入れられたような感じ・動けない状態で、長期間を過ごさなくては、ならなくなった事がある
左足に麻痺が残るかも、子供を産めないかも・・・と、父母には、伝えられたようだ
本当は、付き添いなしだったのだが、母が頼み込んで、動けない間、ベッドの横で寝泊まりしてくれた
そんな介護を受けてか、奇跡ともいえる回復を成し遂げられた
そんな母も、初孫になるはずの子が、私のお腹にいる時に、47年の人生を閉じた
なにも解らず、自分勝手な私を残して・・・
いけない!
ついつい、おセンチになっちゃったみたい(^^:
これも、流れの中に沈んで、今の私があるのだろう
過ぎた事を、考えるのは、やめよう・・・
風さん、新しい1秒、1分を、早く運んできて!
メダカが、一匹おかしい
この間から、体をクルクル回して、泳いでいた
水槽の中の状態は、悪くないはずなのに・・・
体にも異常は無い
何もするすべもなく、見守るしかなくて・・・
水草に体を支えてもらってるのを見て、命の長さの限界を感じた
でも、動こうとするのを止めえる訳にもいかず、苦しみのもがきにも見えて、たまらなくなった
一瞬にして、苦しみを止めてやる事は、出来なくはない・・・むごい
命の長さを終えるまで、見届けるしか、ないのか・・・これも、つらい
時の流れの中で、逆さまに水草に引っかかって、動かなくなった
私は、後者を選んでしまった
あなたは、偉いよ、最後の最後まで、生き切ったんだもの
安らかに・・・そんな言葉を、かけながら
小さな命の最終章・・・私にもできるのだろうか
今日を大切に生きてきた私の足跡の一部が、返ってきた
昨年、XXホールで、「さくらの花びらコンサート」に向けて、私の撮った写真を応募した
使われるような写真ではなかったけれど、ここの場所で素敵な曲を聞くのが楽しみだったから、ちょっとコンサートと関わりたくなったのだ
今日、連絡が届いた・・・落選
当然の結果だったけれど、出した時は、落ちても、絶対に行こうと思っていた・・あの時のワクワクした気持ちを思い出した
「ご優待価格にいたしますので、おいでください」と、「3月20日」の文字が、ちょっぴり悲しい
先日も、1月から通おうと思っていた講座の払い戻し金を受け取った
動いた気持ちが、二つ消えた
でも、決めた時は、楽しかったはず・・・そんな日が、あった事を、感謝しなくっちゃ
明日は、わからない・・・だから、今日を悔いのないように生きなければ
改めて、思った
この間、このページをリンクから、外した
何を書いているのか、自分で責任が持てなくなってきて、公にする事が、怖くなった
それだけ、冷静になってきてるのかもしれない
真っ白なページを見続けていたら、心が虚しくなってきた
今日と言う日の書きたい思いを、私には、捨てられない
それを載せられる、果てしなく続く空の様な、この世界が好き
改めて、思ったのなら、悔いのない生き方をしなくては・・・・
私のHPさん、よろしく、お願いします・臆病な私で、ごめんなさいね
あと、2週間ちかく・・・
手術までの一カ月は、長いね
何か、自分が爆弾を抱えているのを忘れてる瞬間が、ある
座っている時に、首のカラーをするのを忘れている事もある
気づいて、慌ててし直す
首の自由がちょっぴり奪われて、書き込んでいると、顎が引っかかる
手術後は、もっとしっかり固定されるのだろうから、不便だろうな〜
待ちくたびれて、他人事のような言葉に、なってしまった
このくらいの不便さなら、我慢できるから、手術なんか・・・の、電話の向こうで、
「痛かったり、体調が悪化しながらでも、我慢して順番を待ったいる人もいるのに、なにいってるの」と、妹
タイプは違うが、精神的な強さは、私の上をいってるから、よく叱られる姉だ(笑)
目の前に、大きな予定が入っていると、前を向くより、昔の事が、思い出されるのだろうか?
戦中戦後を生きた父母の事
思い出すことは一杯あるし、2人の事を、全部書きたいのに、書けない
書いたら、気持ちが楽になるんだろうけど・・
今日の新聞の投稿の80代の方の、帰り道にすれ違うのに、一言も話せなかった初恋の話が、
私とあまりにも似ていて、私のも初恋だったのだろうと振り返ってしまった
6年の時に、イタズラばかりされるのに、睨んだ相手の「やった!」の笑顔に、「もう〜」の微笑みを返してしまう私
違う中学の帰り道で出会う彼とは、投稿の方と同じ
すれ違いの瞬間には、お互い言葉も目も合わせないまま・・・でも、嬉しかった
後で、気づいた
その道は、彼にとっては遠回りで、私の家の前を通る道だったと
80代になっても、私も思い出すのかな〜
「今日は、元気がよさそうだね」「病も気から、って言うからね」
夕食の宅配の人に、言われた
毎日、会っているから、様子がわかるのかな
親友との少し遅めのランチは、例のスパがメインで、大満足
「バジルスープも、今年は、これで最後かもしれません。もうなくなるので」と、言われた
バジルを何らかの方法でストックしてかどうかは、良く解らないけれど、来年のバジルの時期まで待たなくてはいけないようだ
入院の時のために、大きめな割れないコップを頼んだら、希望通りのコップも見つけてきてくれた
入院の話から、私の全身麻酔盲腸の手術の話になった
実は、この手術の事は、私の記憶の中に全く残っていないのだ
何だかよくわからない夢から目覚めたら、両手をベッドに縛られて、点滴をされていた
その後、何かあった気がするけれど、しっかり思い出せるのは、食堂に行って食事した事と、
廊下を通る看護師さんの「まだ若いのに、認知症なんて・・・」の会話
親友が、「入院前にランチして、ちらせなくて手術する話してたものね」・・ドキッ
「その後、何度連絡しても連絡がとれなくて・・・、ご主人がメールに気づいて、手術(?)性認知症とかで、会える状態でないから、
と、メールが来たから、お見舞いに行ってなかったわよね」
この言葉に、「嘘でしょ! あなたとランチした??」って、叫んでしまった
全く、記憶にない・・・・「いつもの貴女だった」と、彼女もビックリ
お腹が痛くなった記憶もなくなっているけれど、彼女とランチした事も、残っていないなんて
「怖いよ、それ」、「うん、変だよね」
二人とも、ゾック!!
手術前は、記憶には残っていないけれど、普段の私が行動してた
手術後を知る人の声を合わせると、点滴は、外して困っていた事、見舞いに来ると、ちょっとおかしいけれど、対話はしていたとか
すくい取れる時間があるが、全く記憶が残っていない
当時を知りえた事は良かったが、家に帰ってから、パニック
手術認知症(この言葉があるのかどうか解らない)と言うのではなく、「術後せん妄」であることを確かめた
認知症は、なおりません・・・術後せん妄は、なおります
でも、手術前のちゃんとした私まで消えてしまっていたのが、ショック
認知症と術後せん妄とは違うけれど、認知症にもそれなりの感じる心が、あるのだろうか?
きっとあるんだと思う
せん妄時だけの記憶が飛んでいるのなら理解のしようもあるけれど、
親友とランチした正常だった時期をも含めて、記憶を消してしまったのは、苦しすぎたから?
なんだか、よくわからない
この時期に、偶然、出会ってしまった言葉と過去をどう切れ抜ければ良いのか
わからない
???
手術せん妄の時のことを、妹から聞いた
看護婦さんの白い衣服を見て、「ウサギが飛んでる」等、訳の分からない事を言ったそうだ
自分自身でも、途中で気がついて、「なぜ縛られているの?」と、一生懸命にほどいた事を覚えている
そして、ベッドに立ち上がったことも・・
その後は、わからないけれど、ベッドから落ちて圧迫骨折をしてしまう事に・・・
退院したのも覚えていない
そんな経験があるから、「せん妄」が、怖かった
「大丈夫だよ、今度またそう言う事があったら、そっと撫でて話してあげるから」と、妹
そういう事を、理解して、見てくれる人がいると思ったら、少し落ち着いた
XX病院整形へ
| ・・・カラーの採寸・・・ | ・・・・自己採血400、点滴・・・・ | ・・・血管の造影CT・・・ |
| 今のより大きいけれど、あたりが良い | 頭がふらついた | 造影剤が入った瞬間顔中暑くなった |
看護婦さんに、そっと聞いてみた
「私、せん妄を起こしたことが、あるんですけど」
「大丈夫ですよ、今は、本でも学んできていますから。先生に一言いって下さい。「そう」ぐらいの返事だと思いますけど」
いとも、簡単に言われて、笑っていらした
今日は、恩師の先生の所へ
せん妄の事で、心配な事を話した
それは、普通に出て当然である事、前は良く解らなくて、大変な時代もあったけれど、今は、ちゃんと理解されている事を、話してくださった
いろいろ質問をぶつけた・・・一つづつ、納得
「いかされてるんですよね、苦しくてもその先には、何かあるんですよ」
先生の言葉達を、どう書いたら伝わるかわからないから、書くのはやめる
最後に「僕は臆病だから、手術の2週間前からでも、怖くて仕方ないと思うよ」
「え、先生が・・・?]って、2人で大笑いして帰って来た
良かった、これで、しっかり前を見て歩けるよ
今まで以上に、今日という日を、大切にしようと思う
そう言えば、昨日、私がある契約している場所を、恩師の先生に聞かれた
前は、「そんな所、あるのか?」と、言われたが、今回は、そう言う場所を探している人がいるらしい
病院内でも、その場所を知っている課があったから、結構、使っている人達がいるようだ
少しは、私も役に立って、嬉しい
雨だね
一雨ごとに春に近づいている
窓から見ても、小さな芽が動いてるのが解る
私の春は、どの花が咲いているのかな〜
早く、この程度の体で、帰ってこられると、いいな
川崎中一殺害・・・「あまりにも、むごい」
その次に浮かんだ言葉、、「親(殺された子)は、何をしていたの」
あれだけの目のあざをつくって、友人にもサインを出していたのに・・・
今日、新聞で、「友人の何人かが、いじめを辞めるように、18歳の少年の家に行っている」記事を見た
18歳の少年の親が警察に電話したのも不思議だけど、、警官もきたと言うのに、何も防げなかった現実が、もっと不思議で、悲しい
「抜けたい」と話された、青年は、18歳の少年との出会いの場所にいたそうだし、「怖くて」の言葉
「怖かった」の言葉が、あちこちに出て来るけれど、しっかり立ち向かった友人達の姿もある
友人達の姿の後ろに、大人が、出てこないのは、何故なんだろう
出てきた唯一の大人(警官)には、何も伝わらなかったようだし・・・・
これだけ、人が関わっているのに、何故、防げなかったの?
ここまで書いて、昔の事を思い出した
静かだったマンションに新し人が入ったのか、女の子が、夜、大泣きをしているのが、聞こえるようになった
だんだん、激しくなっていって、「ごめんなさい、ごめんなさい」の鳴き声に変わって行った
最初は、躾だろうと思っていたのだけれど、「おかしくない?」に変わった
近所中に聞こえてるはずなのに、誰も気にしないみたいだった
通報した方が、いいんじゃない・・・の気持ちと、どこの部屋かも解らないし、泣いている現場でなければ、対処してくれないのでは・・・の気持ちが揺れた
鳴き声が聞こえだしたのと同時に、家の横で少年たちが、夜遅く集まって喋っているのが聞こえるようになった
出て行って、注意する勇気はなかった
これも、女の子のと同じで、通報しても居なくなっていたら?、逆恨みされたら?
私は、大の大人なのに、怖くて逃げた
何回見過ごしたろうか?・・・やっぱり何とかしなくては、と思いついたのが、知り合いに町内の防犯係をした人の事
話をしたら、「一人で出て行くのは危険、そういう時は、ここへ」と、電話番号を書いてくれた
その番号が、どこに繋がっていたのか、わからないまま、電話機の横に置いた
その後、集まりもなくなって、電話番号を使う事もなく終わった
同時に、女の子の鳴き声も・・・
その後、「あそこのマンションの部屋の人、引っ越ししていって、静かになった」の話しが、いろいろな所から聞こえてきた
どこの部屋の人かも知っていた人がいたんだ
見て見ぬふり?・・・愕然としてた?
私も情けない大人だと思ったけれど、平然と見てた大人もいた
何処かで防げた少年の死も、もしかしたら、こんな大人たちが潜んでいたのかも
今は、堂々と対処できると思うけれど、なさけない大人の私がいた事も確か
だから、前文を書く資格は、ないよね・・・でも、今の私の気持ちを書きたくって
事件で、ネットを使って調べる事等ない私だったけれど、「名前+事件」で、検索をかけた
でてきた、いっぱい・・・驚き!
それ以上に、驚いたのは、犯人2名の名前まで、書きこみしてある・・・本当なの?、何故、実名が出てるの?
ブログさえ、読もうと思わないし、ましてや、書き込みなどしたい等と思わない人だ
独り言を言っていられるHP以外の世界を知らない
この世界の一面を、聞いてはいたけれど、すごく怖い物を含んでいると、始めて実感した
後は、言葉が見つからないまま、ネットを消した
何か、心が落ち着かない
私は、ある事で、医療費が窓口では0円だ
助かったと感謝した
それとともに、後期高齢者保険に移行された
そして、後期高齢者保険料が、請求されるようになって、毎月6300円を支払っている
これって、どういう事?
ネットで後期高齢者保険料を調べた
それはそれで、解ったけれど、疑問点も多い
結局、何故、私が、後期高齢者保険に移行されたのかの理由がわからない
もう、国やお役所仕事の複雑さを追及するつもりはないから、どうでも良いのだけれど、不思議な世の中だ
メダカが、何回数えても、一匹たりない
探しても、外からは見えない
どうしちゃったんだろう
これからの一週間で、友人たちに手紙を書こうと思っていた
「暖かくなったら、会おうね」って言っいた言葉に、「実は・・・」と
でも、書くのを辞めた
今は、何も知らせない方が良いと思ったから
元気になれて、会えるようなら、笑い話の様に話して、友人の笑顔を見たいから
入院までの1カ月は長いと思ったけれど、入院前の1週間は、どんどん過ぎて行く
もう、何も考えるのを辞めよう
怒りも不安も寂しささえも忘れて、かすんだ希望の文字だけ抱いて、
心を無にして、空に浮かぶ雲の様に、風に揺れる木々や花のように、時を過ごしたい
なんて、
私は、そんな悠長な事を言っている立場でない事を、新聞を読んでいて、気づかされた
前に、書いた文章
川崎中一殺害・・・「あまりにも、むごい」
その次に浮かんだ言葉、、「親(殺された子)は、何をしていたの」
この文章を取り消さなければいけない
こんな事を、書いた事を、まず、誤ります
「ごめんなさい。」
一番悲しんでいるのは、誰でもない親御さんなんだから・・・・
何か、ふとして、目に留まる物のが、良い気付きだったりしてきたけれど、今回、ふと開いた新聞が、私の想像の愚かさを教えてくれた
家は、母親と5人の兄弟
母親は、一生懸命働いていて、その大変さを亡くなった少年は、しっかり解っていて、「心配させたくない」と、友人に話したとも言う
訪問介護などに携わっていたようだが、子供の状態を把握できないほど、忙しかったようだ
知ろうとしても知る事が、出来なかった状態
知っていても、どうすることもできなかった状態
朝早く子供が起きる前に仕事に出て、夜遅くまで働かなければ、生きていけない生活だったようだ
母親は、精一杯だったろう・・・・「困難な状況にある家庭」の新聞の文字が悲しい
いくら書いても、幾つもの糸が絡んでて、単なる少年の死だけでは終わらないものが、ある気がする
犯人の罪の他にも、防ぐことができたかもしれない大人の反省
社会の中で、見落とされていた家族を救い上げられなかった社会組織責任
しっかりと見つめて2度と悲惨な事件を起こさないようにとの願い
叶うのかな〜
残された遺族の悲しみの中に、私のような馬鹿な言葉が投げつけられませんように・・・
遼太君の安らかな眠りを願うと共に、ご遺族が、無神経な言葉に傷つきませんように・・・・
いろいろな家庭の一つに、私も生きてるんだよね
川崎中殺害の事で、「夜回り先生・水谷修さん」のコメントが出ている新聞を見つけた
前に新聞に連載されていた記事を、楽しみにと言うより、困っている子に伝わればと、願うように、読んでいた一人だ
「学校や地域の大人が一歩踏み込み、動いていれば助けられた」
この先生らしい、文が続く
私は、コラムをまとめた本を持っている・・・何時か渡そうと思う子の為に
私は、休火山を心に抱えている
一つが噴火しそうになった
押さえようとしても、おさまらない
散歩にも出られないし、メダカさんの可愛い姿だけでは、おさまらない
パソコンを触りだしたら、少しづつ収まって行った
パソコン依存症かな、私(笑)
これくらいで、収まる噴火なら、まだいいけれど、日本と言う大きな火山は、国民の意見を無視して、グラグラと煮え立っている
いつか大きな噴火になりそうで、怖い
自分では、良く解らないけれど、気持ちが敏感になってるのかもしれないね
世間が、あまりにも、おかしな状態をおこしてるから・・・
でも、私は、今は、傍観者になって、自分の手術に臨まなくては
こんなに、元気に書くことができる為にね
サクラソウに可愛い桃色が・・・いつ、咲くかな
入院までに花が、見れると良いんだけど
難病指定を受けて、始めて知った、難病なのに難病指定されない人々の事
新聞記事で、ちらっと読んだだけだから、勉強してから、書くことにしよう
退院してからだな
やる事が、残っていると言うのも、退院までの勇気をもらえる様で、嬉しい
明日は、雨だと言うから、庭の小さな畑に種まきをした
春まきでもちょっと早いかなと思いながら、野菜でなく、昨年咲いた花の種
バジル等を蒔きたかったけれど、温度が足りない気がして・・
片手で触る土の感触が気持ちいい
これも、「どんな風になってるかな?」なんて想像するのも楽しそう
前から気になっていたイチゴの変わった品種がある
そっと観察したら、鉢中、根が回ってる
慌てて、ミニ畑に移した・・・どんなイチゴの実になるのかな?
ヘリオトロープも、寒さに負けまいと、花を咲かせてくれているから、一輪もらう事に
病室は、花は禁止だけど、ドライで少量をハンカチにしのばせるぐらいなら良いよね
気になっていた庭仕事が少しできたし、後は、あなた達で、頑張ってね
もうとっくに、美容院に行っている時期だけど、手術前にサザエさんの所のワカメちゃんの様な髪型にされるようだから、ほかっておいた
検査入院の時、同室の人が、「切られるのはいいけど、その髪が、何故か立っちゃうの」って、言ってらした
そうなっても良いように、薄い帽子を用意したけれど、忘れ物は、ないだろうか?
ICU用は、一つにまとめて、バッグへ入れたし・・・
大好きな光さんのチェロの曲も録音して、いれてあるし・・・
手書きできるように「独り言」専用のノートもいれたし・・・
デジカメも補充バッテリーを充電してるし・・・・(手術なのに、こんなの持っていくのも私ぐらいかな(笑)
部屋の中は?
冬越しで、部屋に入れてあったハーブ達も外に出したし・・・
「少しなら我慢するけど、なるべく手術のひどい後遺症が、でませんように・・・・」
今日が、終わって行きます
明日は、きっと良い日でしょう(^^)
もう寝ます・・・おやすみなさ〜い
皆さんにも、素敵な夢を