2度目の入院前の私 
(頸椎後縦靭帯骨化症

(’15年01月22日〜記)

7時前に、いつもの様に、植物達とお話しながら、歩いていたら、ふっらっとしてイチゴの植えて有る場所に倒れこんだ
動こうにも体が動かず、しばらく倒れた状態のまま、時が過ぎた
やっと、部屋にたどり着いたのだけれど、手と腕の痛さのあまり、病院へ
2度目の発病?・・・こんな状態でくるはずは、無い・・・と、思いながら
1月10日、土曜日だったので、2軒回って、腕のレントゲンには異常がなく、痛みを強烈に取るシップと痛み止めをもらう
「一度、脳神経内科に行ってみると良いかも」と言われて、ネットで、探して、1月14日に病院へ
今、いろいろ検査中
不安が、頭をかすめる



やっと、私も、病気・障害とも友達になれたのに、10年前と同じで、今回も怖くって、誰かにしがみ付きたくなった
何で、また?が、一瞬、頭をよぎった ・・・・膠原病の一種に、また??プラス
まだまだ、修行が足りないね(^^;
検査を重ねて、今の所、異常なし
まだ、2つ残っているけれど、原因がわかるかどうか、怖かった
でも、落ち着いたよ
怖さの中で、確実に・平然として、前に進んでいられる私を見つけたから
そんな私が、大きく膨らんできた
おきた事は、私の定められた道
そう思ったら、優しく、腕を足を撫でてやれた
時々来る痛みも、「暴れちゃだめよ」って、話しかけてあげられる
私なんか、比べものにならない人達が、いっぱいいるんだ
きっと、心で、体をいたわってあげているんだろうな



脳神経内科で、順番を待っていた時、隣に座られたお年寄りとお話した
何か、首が痛かったりで、いらいらしていた様だけれど、お話を伺っていると、
私が、前に苦しくって、かたっぱしから本を読みあさっていた時に、似ている
1冊1冊から、飛び込んでくる言葉があっても、全てが自分の中で、うまく混ざり合って、
自分の思いになっていらっしゃらない段階だ
私には、いろんな本を何度も読みなおして、いつしか、全てが一つになって、心の中に落ちた瞬間があった
そこまで、行くのに、どれだけかかったかな・・・
その事を話をするつもりは無かったし、何を言うでもなく、少しお話させてもらった
「お金をは、残るほどある」・・・でも、ご自分が楽になる使い方を、知らないでいらっしゃる
「私は、庭や植物が好きだ」とお話したら、「庭も好き」と、言われた
「だったら、ご自分の好きなように、お庭を造られて、テーブルとイスを置いて、お茶でも飲まれたら」と私
「それは、いいかもしれない。ありがとう。そういう場所で、ホッとして、いろんな事を忘れるのもいいわね」
と、笑顔になられた
「こんな場所で、解ってもらえる人に出会えて、嬉しい。本当に、ありがとう」
と、名残惜しそうに、帰って行かれた
私も、嬉しかった
でも、この後、聞く事になる病名の為に、私に送られたプレゼントだと思う事になるとは、思いもよらなかった
呼ばれて、診察室に
撮った画像を全て、順番に見せて下さった
脳というか頭の関係だと思っていたのだが、頭の血管までも撮影した画像3枚は、みんな綺麗
腕と足の神経の検査もOK
最後に、おもむろに出された頸椎画像
横から撮った物を一枚見て、「おかしい」と、自分でも思った
いろいろな方向から撮った物を見せてもらう
先生は、模型をさしながら、「ここのへんから撮っている」と、説明して下さる
そして、最後の大写し!
「原因が解らないより、解ったんだから、良かったじゃない」
この先生らしい説得力・・・・病名は、頸椎後縦靭帯骨化症
この先生は、ちょっぴり怖い感じだけど、スパッと判断し、行動に移して行かれるのが、私は好き
それと、前向きに、切り開こうとされるところも・・
先生に、頭を下げてお礼を言う
「ダメダメ、そんなに下げちゃ。ぐると回すのもだめよ」と、言われて、診察室を出る
「適応病院を探してくれる科が、あるから」と、最初に言われていたから、「何処へ行けばいいですか?」と看護婦さんに聞いた
「先生が、ご自分で探して下さるようですから、そちらは良いですよ」と、笑顔の答え
私が、一瞬、不安そうにしてたのを、先生は見逃さなかったんだ・・・嬉しい
病名を聞いたけれど、覚えれなくて、看護婦さんに頼んで、先生に書いてもらった
長くて、変な病名
たいした病気とは思わず、「手術か・・・この為に、今まで、いろいろ準備してたようなもんだな」と、苦笑しながら、帰宅
家に帰って、ネットで病名を探して、ビックリ!
先生が書かれた、「頸椎後縦靭帯骨化症」
なんとなんと、難病指定されているではないか
少し慌てた
軽く見ていた
少し、読んで、パソコンを消した
怖い事も書いてあったりしたけれど、それ以上、知る必要はない
私は、始めての診察の時、先生に、「次回も私でいいですか?」と、聞かれて、「お願いします」と言った
何か、感覚的に好きだったし、ネットで調べた先生の経歴からも、私をお任せしたのだ
だから、先の事を考えずに、紹介先も、お任せしよう
そう思ったら、気が楽になった
後は、どうなるのかは、運命だもの



強がりを言ったつもりは無いけれど、、体が、うまく動かない
ただ、崩れるように、横になっているだけ・・・
今は、何もかも運命として受け入れられるけれど、頭の中に浮かぶものが何も無い
水槽の黒メダカが、水草の中を泳ぐのを、ぼっと見てるだけ
そんな心を、ただただ書きたくて、ゆっくりキーを押す
やっぱり、こうやって書くのが大好きなんだ・・・私



生きるのに、理由など要らない
人は、生かされているのだから
でも、ちょっぴり理由が欲しい時は、ない?
誰かの為に生きるとか、自分の望みの為に生きるとか、生きるために生きるのだとか・・・
私にも、あった
ある子に、私がいろいろ学んだ事・経験した事を、少しでも生かしてもらえたらと言う、長いながい夢があった
歳をとればとるほど、若い頃に見えなかった物が見えて来る
「生かして貰うためには、自分が成長しなくては」とも思った
でも、これって、押しつけだと気づいた
病気を持っている私には無理だ
でも、私を必要としてくれる小さな生き物たちがいる
私を待っている可愛い黒メダカちゃんの餌をやったり、
水やりを待っているハーブや庭の植物を忘れてはいけない
今の状態では、これだけで精一杯
元気に、なるからね
小さな理由を、ちょっと付けて見たくなってしまった
そんな日が、あっても良いよね(^^;



空を見たよ
青空の中に、いろいろな雲が浮かんで、眩しさで、何も見えない所も・・・
太陽が、、いっぱいの光を放って、
暖かく、私を包んでくれた
心の奥底まで、暖かくなって、ホッとした
ほんの少しだけど、元気になれた気がした
現実は、何も変わってない
でも、包まれた温もりは、忘れない
今日も、自分を生きられそう



何かあった時に、「私が違っていなければ返事は良いですから」を約束に、メールを出す恩師が、私にはいる
お忙しい方だから、これで良いと、お互いに承知していた
報告を兼ねて、私の気持ちを添えた
今回は、返事のメールが来た
「手術が、できるなら勝算はある」と、メールに書いて下さった
嬉しかった、前に進もうとする私には、最良な言葉だ
ありがとうございます



たまにしか、会えないけれど、いつあっても、同じ次元に戻れる人から、
「ちょっと、HPのぞいたら、体調が悪いみたいだけど、大丈夫?」のメールが来た
親友からも、検査のたびに、結果を聞くメールが入る
結果をメールで、返したら、「何か、あったら、手伝うから言って欲しい」の返事
ありがたい & 嬉しい・・・一人じゃない
一番、心配してくれている妹の携帯へ
報告は、ここまでにしようかなと思いながら話していた
ガンの手術をしているから、甘えないようにと考えたのだが、かえって怒鳴られた
「私、動けるし、M枝(私の事をママと呼んでくれる)だっているのよ」って・・
泣きそうになった
空に向かって、真っ直ぐに風にも負けづに立っていた木が、柳の様にしなった
何だか気持ちが楽になった・・・ありがとう



悪い事が起こると、「きっと何かの罪を受けたんだ」とか、言う人がいる・・・
罪って、何なのだろう・・・
本当にどうしようもない罪を犯す人はいる
でも、殺してくれと辛い老人の声に、どうしてもあげようが無く、泣きながら手をくだす人もいる
罪は罪でも、罪の内容が違う
私も、この年までに、いろいろな経験をしてきた
「罪を受けたんだ」だと言われれば、そう言われても仕方ない
でも、私が、歩んできた道に、後悔は無い
その時その時、涙を流しながら、決断してきた道だから
その積み重ねが、今の私を作っている
その時々の本当の私に変わって経験できた訳でも、心情も知らない人に、言われたくない
一つの言葉に、一瞬、傷つけられた



ゆっくりだけど、パソコンに向かって書いていると、全て忘れられる
昨日、病院の帰りに近所のマンションの人に会った
そして、今日も違う病院へいく時に
「ちょっと、調子が悪いから」と話したら、「昨日は、ごめんなさい。お母さんなんて言ってしまって」と、謝れた
うん?、私は、ぼっとしてたのか、聞こえていなかった
「私が子供がお腹にいる時に1週間違いで、2人の母をなくした時のような影がある」と思っていた事、
お子さんに寂しそうな所があるのも知っていて、時々、構いたくなってしまう事を話した
そうしたら、やはり、お母さんを早く亡くされたのだそうだ
で、つい「おかあさん」と呼ばれたらしい・・・「お姉さんですよね、ごめんなさい」と、付け加えられた
「いいですよ、お母さんで、お子さんさんのおばあちゃんになれると良いんですが」と私
「お願いします。そう、笑ってらっしゃると、元気になるから、笑っていてくださいね」
「くれぐれも、お気をつけて・・・早く、良くなるように祈っています」
なんか、すごく打ち解けてくださって、目が優しい
よぶんな事を話してみて良かった
また優しさに触れた・・・・ありがとう



左手が、うまく使えないから、シフト押しながらの作業がなかなかできない
でも、書きたい
今日も夜中に目が覚めてしまって、コタツにもぐりこむ
明日、午後から、神経内科の先生とのお話だ
どう、動く事になるんだろう
これも、お楽しみって、楽しんじゃおうかな(笑)



待っていた、今日が、やって来た
新しい道への出発だ!



紹介先の病院を聞くのと、最後に撮った画像の説明を聞くために、病院へ
「頸椎の画像を撮ったら、1cmの所が3mmしかない所がある」と、聞かされた
大変なんだ・・・そこまでしか、わからなかった
「自分で調べて、良い所があった?」と聞かれ、「先生にお任せしましたから、別に探しませんでした」と私
「近い所、経験等を考えると、ここしかないと思う、知り合いの先生がいないのは、残念だけど」
「いいです、行ってみます」・・「資料は全部渡すから・・」
紹介状をもらって、「元気になったら、また来ます」、「もう来なくていいよ」と笑い顔の先生に感謝しながら、診察室を出る
紹介先の病院に看護婦さんが、診察予約を入れたら、2月の中旬だった
2月中旬まで、待っていられないと、明日一番で紹介された病院へ電話を入れる事にした
(これは、看護婦さんが教えてくれた事で、キャンセルに入り込む方法なのだそうだ)
明日の8時30分が勝負だ



8時30分、電話を入れる
キャンセル待ちなら、XXX時間に・・と言われて切られそうになったのを、必死で止めた
実は、こういう難病で、1cmのところが3mmしかないんです
行く病院が無いので、助けて下さい

先生がいらしたら、お話しますから、XX時に、また電話してください

待たされると思いますが、午前中にいらしてください

ありがとうございます

良かった、見てもらえる・・・そく、XX病院の整形へ
以外と早く呼んでもらえて、診察室に
そこで、聞いた事は、この病気が、普通の人より複雑になっていて、手術に、より以上にリスクがある事
私は、このままにしておいても、いずれひどい状態になるなら手術します・・・と、答えた
先生も(ここは整形だけでも9人の先生がいらっしゃる)、「いろいろ皆で方法を考えて、
「手術中にも起きるかも知れない事も想定した上で、手術をおこないますから」と言って下さった
そく、検査入院を入れる事になって、5、6、7日が、決まった(本当は、結構予定がつまっていたようだけれど)
後は、検査けんさ・・・
検査入院の持ち物の説明・同意書などを貰ったのが、夕方
親友が迎えに来てくれたから助かったけど、病気の事を考えるより、疲れた・・・
病気の事は、どんな事が起きても、受け入れるつもりだったから、考える事もないんだけどね

でも、あのお年寄りと話ができた事も、私の運命の中に置かれた一瞬だと思うと、感謝せずにおれない
苦しかった昔を2度と味わいたくなかったから、少しずつ準備してきたものが、こんなに早く役立つなんて・・・
まっ、喜ぶべきかな(笑)
明日は、恩師の先生の受診日
またまた、行ってきます



今日になって、どうしても、言われた一言が気になって、本を読み直してみた
何度も読んだ本だ
そして、ハッと、させられた
先生は、ここまで来た私に、まだ伝え続けていたものが、あったのでは・・・と
今の私が、もう一皮むければ、本当にらくになる方法に、気づいてほしかったではないかと
その方法の一部は、今考えれば、言って下さっていたのに、私が理解できなかった
私にとっては、難しい課題だ
でも、ゆっくり本を読んでみようと思う
先生の思っていらしゃる境地には、なかなか到着できないだろうけれど
静かに静かに心落ち着けて、本と向かいあってみる
この本に手が伸びたのも、何かの運命だろう
私は、人間もを含む自然を作られた大きな力(宗教ではありません)に、助けられている
今日も、前に進んで、明日を迎えられそう



まだ本を読み終わった訳では、ないけれど、私に出された課題は掴んだから、
検査入院が終わるまで考えない事にした
窓から降り注ぐ、日差しの中で、今は心を無にしたい
太陽の暖かさに包まれて、目を閉じて、光を感じよう
何もかも、ゆだねて・・・・

眩しくって、暖かくって・・・
その中を、大きな飛行機が、飛んでいった
庭の植物達も風に揺れながら、そっと、私にささやいた・・・「大丈夫だよ」
飾りのウシちゃん、うさぎちゃん、小人たちが、みんな微笑んでくれている
私は、もう大丈夫だ



<検査入院>
3日間の入院が、ひとまず終わった
脊髄への造影剤注入は、「痛いですよ」とみんなに言われた程では、なかった
膠原病の一種を発症した時の痛みに比べたら、そちらの方が痛かったから。
でも、最後に脊髄に入る瞬間は、痛いと言うより、ズドーンとして、うめいてしまった
その後、何枚もの画像をいろいろな方向から、撮られて終了
ストレッチャーに乗せられて、頭の方を高くしたベッドに移され、2時間の点滴



検査結果を聞かせてもらう
画像は、予想していたものだが、手術の話になって、ビックリ
ただ、削るだけだと、思っていたのが、怖い話になった
難しい状態なのは、わかっていたけれど・・・
前方から切るのと、後方から切るのとで、方法は2種
前方から切ると、問題の頸椎の骨を取って、足から取った骨を、そこに入れるのだそうだ
骨化した場所は、完全に取れる事になる
頭を固定しなければならないから、頭にボルトを入れて、胸の方まで何か伸ばして、固定すると言われた
食道に近いから、飲み込み等に、障害が出るかもしれないそうだ
骨が固定されない分、動いてしまう可能性もありなのかな・・・
後方(確実に言えば、横なのだと思う)から切って、頸椎の骨を取って、空間を開けるように、ボルトを入れるのだそうだ
ボルトは、固定されるから、動く心配はない
この方法だと、確実に頭を後ろにのけぞらせない事になるとか・・・大好きな空を見上げれなくなる
どちらの方法をとっても、複雑に入り組んでいる血管や神経等をぎりぎりな状態で避けて、入れなくてはならないので、
大変だそうだ。
つい、「後方の方が・・」と言いかけたが、「お任せします」に変えた
9人の先生方が、考えて、手術中の予期できない事態も想定した上で、決めて下さるなら、悔いは無い
2〜3カ月の入院になりそうだ
検査入院終了
手術まで、約一カ月



昨日は、「そうか・・」と、流れるように過ごしていたが、今日は、少し変
私には、膠原病の一種からきた、膝の障害で、出歩くときは、杖を欠かせない
その上に、どんな障害が出るのかは??だ
それと首の固定が入るだろうから、何ができるのか、今は全く浮かんでこない
本当は、パソコンの小さいのを持ち込もうと思っていたのだが、無理だな
右手が大丈夫なら、ノートに文字を書くことは、できるだろうか?
日常の事は、看護師さんに任せるしかないけれど、
私の決められた命の長さの中には、病気や怪我が、何回も訪れる
定められた運命の中で、この後、用意されている物は、何?
この苦境の中で、ここまで事が速く進んでいるだけでも、感謝しなければいけないのに、ふっと思ってしまった
また、ここを乗り越えなければ、気づけない物が、あるのなら、乗り越えるしかない
雨にも雪にも負けない、田んぼの一輪の花の様に



何か、すごく眠たくて、目覚めたのが、お昼少し前
ネットで、昨日は、いろいろ読んだけど、結局、何を思ってもどうしようもないと思った性か、心が解放されたのだろう
寒いから、ラジオを聞きながら、メダカの泳ぎを見ていた
ぼっとして、過ごす時間・・・・これって、ちょっとヤバい
やっておきたい事があるのに・・・・
足の障害があるとはいえ、まだ、自由に体を動かせる事に気がついた
入院が長期化すれば、季節が変わる事も考えられる
その時期の物も、準備しておかなくてはと、品物を揃える
メダカの水槽のガラスに付いたコケをとってやる
綺麗に向こう側まで見える
動ける感覚を、いっぱい覚えておこう



窓を開けて、新鮮な空気を、いっぱい吸う
気持ち良い
庭は、途中までしかできなかった空き地と冬の寒さに備えて、いろいろな表情の植物達
首輪(名前が?)で、うまく見上げられないけれど、太陽の暖かさに出会った
いつも思うけど、暖かいね・・・気持ちが楽になる
田んぼ道を歩きたいな〜
思った瞬間、冷たい風が吹いた
慌てて、窓を閉める
明日は、どんな話を聞かされるのだろう
誰にも代われない、経験できない瞬間しゅんかんを、一人の人として、進むしかないね



外来受診の日
主人と妹が、一緒に先生のお話を聞いてくれる
手術に関しては、先生方の中で、後方から切るか、前方から切るか、意見が分かれたそうだ
「今の状態を完全に治してあげたい」と思う先生もいらっしゃれば、
「完全に治らなくてもリスクの少ない方を」と考えて下さる方もあったのだろう
それぞれの先生方に感謝だ
結局は、私に決定権が、与えられた
足の方は、前より辛くなっているのを誰も知らないけれど、腕は、この状態でも何とかなりそう
リスクを背負って、完全に治る事を願う気持ちは無い
この障害は、与えられた物として、自分で抱えて生きて行きたい
空を仰ぎ見る事も、できなくなるけれど、見ようと思えば、他に方法があるはず
迷いなく、「後方から」を、選んだ
主治医の先生も同じ考えだと、この間、感じていたから、同じ想いで任せられる事が嬉しかった
手術の日が決まった・・・3月11日
いくら早めたくても、そこしかないそうだ
まだ、1ヶ月ちかくある
他の入院患者さんからも、遠くから来る人もいるから、1ヶ月はかかると聞いていたから、仕方のない事だ
体調を整えて、転ばないように、生活しなくては・・・

この病気も受け入れていたし、前に進む気持ちもしっかりしていたのに、妹に会ったせいで、気が緩んだ
「連れて帰ってくれる」  「だめだよ、逃げちゃ」
一瞬の会話
何も言わなくても、お互いに、わかっていた
私の心が、又、強くなった



ある言葉で、心が揺れた
前から解っていたのに、言葉の現実は、ああいう物なのか・・・と、思ったら、かえって、心が落ち着いた気がする
主人や妹の手伝ってくれる日も決めたし、入院準備もあと少し
ICUに入るかどうか、まだ解らないのに、準備を、させられている(と言っても、揃えてはあったから名前を書くだけ)
さってと、コタツの中に座り込んでるのを、少しやめて、私らしく、ゆっくりゆっくり行動してみよっと
前から、気になっていた庭の小さな田んぼ・・・春菊も小松菜もラデッシュも、うまくできている
ちゃんと、杖をついて、物に伝わりながら行って、しゃがんで、作業
と、言っても、抜くだけなんだけどね(笑)
土を払って、茹でてみた
なんとか、できた!
土を洗い流したら、長くて白い根が、でてきて、「これだけ根を張っていれば強いよね」と、思った
「私だって、根はないけどちゃんと立ってるよ」
「それに、歩けるもの」
バカみたいに威張ってみた
そんな瞬間が、戻って来た事が嬉しい



ゆくり、家の前の道を歩いてみた
風は強いけれど、何も変わっていない・・・私も
病気の事が頭から消えている
寒くて、すぐに戻って来たけれど、前と同じ日常だ
軽く交わした笑顔の挨拶も、変わらない
これで、いいんだろう・・・きっと



久しぶりに、髪の毛を洗った
何でもない事なのだけれど、洗うのが、ちょっと怖かった
バカみたいでしょ(^^:
いつも、前かがみになって、洗うから、どうするのか考えるを避けてた
でも、やっと、洗いながら、良い方法を考える気になった
生きて行くうえで、やらなくてはならないことだしね(小さなことなんだけど)
「首が、真っ直ぐだと、こんなものかな」と思いながら、シャンプーしたり、シャワーしたりしてみる
まだ、自由がきくけど、自由が利かなくなったら・・・・ん、でも大丈夫だ、なんとかなる
いつものお友達歯医者さんも、「固定されても、診療できる」って、言ってくれたし、心配事が、2つクリヤーできた(^^)



「何か食べたい物は、ありませんか?」・・・「いいえ、べつにりません」
「どこか、旅したい所は、ありませんか?」・・・「いいえ、べつにありません」
「見たい物は、ありませんか?」・・・「「いいえ、べつにありません」
「誰かに、あいたくありませんか?」・・・一瞬、いろいろな人達の顔が浮かんだ。でも、一人は、選べない
私の世界は小さいけれど、北海道にも2回、紀伊の方にも、琵琶湖の方も京都も蓼科方面も、行っている
ちひろ美術館に行けたのは、最高だったし、この市の美術館で、いろいろな人の絵を見た
この近くのハーブ関係は、ほとんど回った
講座の友人達や他の友達とも、いろいろな場所でランチを楽しんだ
そんな楽しい時期が、私にはあるから、今は、聞かれても、この先の返事はない
何だか、何の希望もない人が、書いてるみたいだね
書いてて、自分でも、そう思った(^^;
待って!
行きたい・見たい所は、あるわ
小さな小さな場所だけど
暖かい日差しに包まれた、裏の田んぼ道
ゆっくりしゃがみこんで、花や空に浮かぶ雲と、お話したい
島と島の間の水平線が、空とつながる、大好きな小さな海辺(私の秘密の場所)にも行きたい
あらら、まだ、いっぱいでてきそう
私にも、小さいけれど、いっぱいの願望が、まだあるみたい
まだまだ、欲張りなアイリスですね(^^;



検査入院の時、スマートフォンを持ってきている人を見たけれど、タブレットも面白そう
もっと、早く、携帯ではなく、新しものを試していたら、入院中も面白いことが、できたのにな〜
携帯だけで、充分と思い続けてきたけれど、新しい物にも目を向けるべきだったかもしれない
まっ、今からは無理だけど、いろいろ検索して、どういうものか調べてみよう
ゲーム系は、関心ないけれど、曲とか画像には、興味がある
実際、私の期待する物が、あるかどうか疑問だけれど、全く興味を示さなかったのは不覚だったかも
ネットショップの宣伝を見て、今頃こんな事を考えてる私は、時代遅れかな(笑)



季節が変わっても良いように、入院用品は、ほとんど作ったし、名前を書くものは、全部書いた
入院・手術等が、私の中に溶け込んだみたい・・・友達になってきた気がする
そして、いつもの私に戻った
ゆっくりお掃除もしたし、庭も掃いた
午後から、退屈になって・・・フッ〜
何か新しい事をするには、入院までに、時間がないし、かと言って読みたい本は、今は無い
ハーブ達も、厳しい冬を、乗り越えられるように、祈りながら、見ているしかない
メダカちゃんの水槽も、気になる事があるんだけど、それをやると大ごとになってしまって、今の私の手に負えない
ゆっくり家の周りを歩く事はしているけれど、運動してないせいか、哀れな姿だ
新聞の記事にも目が行くけれど、日本だけの腐敗ではなく、世界中の腐敗した何かのつけが、
中心が見えない渦に、吸い込まれて行く人の姿に見えてしまう
残酷な死は、許せない・テロも許されるものではない
怒りは感じるが、複雑すぎて、現状が、つかみきれない
日本政府が、進みたがっている先にあるものは・・・???


2月17日・・・最初に取れた、紹介状を持って行く予約日
あの日の電話をしなければ、今頃、まだ、検査の最中だった
この手術、一人で、頑張るつもりだったのが、妹と親友に説得されて、変わった日
今は、それで良かったのだと思える
親友から、「来週早々なら、休みが取れるから、ランチか、お茶できそう?」のメールが、入る
この前、行った、意外に近いのに気がつかなかったお店が良い、と返信
バジルソースのスパが美味しかったし、デザートも
彼女は車だし、場所も近いから、大丈夫だろう
楽しみだ・・・このくらいは、許される事を願う
ふと思い出して、追加のメールを・・・「私、前よりゆっくりしか歩けないし、首輪(カラー)もしてるけど、良い?」」
すぐ返信が来た・・・「私は、構わないけど、あなたは、大丈夫? 無理しないでね」
嬉しかった・・見た目で判断する人ではない事は知っているつもりだったけど、聞いておきたかった
昔もこんなことが、あった
杖で人前に出るのを怖がっていた私を、海辺のレストランに、かばうように連れ出してくれた絵画教室の友人がいた
まるっきり性格は正反対で、ちょっと変わった所がある彼女だったけれど、楽しい時間を過ごした
教室の先生でさえ、「そんなにも違う感覚の絵を描くのに、よく一緒に過ごしてるわね」と、あきれられた事もあった
「もう、友達やめよう」、「いいよ」で、自然に受け止めてから、一度もあっていない
彼女も彼女らしく生きているのだろう・・・私に良い思い出を残して



テレビショッピングを、何気なく見ていた
ワニ革(だったと思う)のバッグだし、形等確かに素敵
値段を見たら、20万円(本当は、40万位らしい)
何故選んだか、の生放送が、流れた
「とっても、形が良いし、色も素敵、他の人に自慢できる。お値段も、お手頃だし、そく注文したんです」
「バックは、幾つも持っているんですけどね」
うっ、20万、即、買う?
私には、無理だ・・・やっぱり、富裕層は、存在するんだな・・・こんなの大した額でない超富裕層は、もっといるんだろう
ため息を、つくしかない
入院したら、しばらくは、個室を希望するつもりだけど、安くても、1日1万ちょっと
それが最低で、3つ希望を入れて、何処になるか、解らない
個室にするのも、ちょっと引け目を感じる
感覚の違いが、今の私の生活なんだ・・・改めて、感じさせられた
でも、「それだけあれば、幸せよ」と、良く言われた
だったら、大変な人達が、まだ、いっぱいいる可能性は大だ
何かが、おかしい・・・
とまで、書いて、新聞を読もうと広げたら、デパートの「全国質流れ品大バザール」のチラシが、目に入った
ブランド品には、興味がないから、見た事はないのだけれど、前の事があったから、じっくり見てみた
私は、こういう物に、無知すぎたようだ・・・笑われるね(^^;
自分の好きなデザインや色だったりすれば、値段が安くても構わない人だから、仕方ないんだけれど・・・
エルメス・バーキン35が、100万ちかいし、ハリーウィンストンの腕時計が400万ちかく
質流れだから、本当は、もっと高いのだろう
チラシを見ながら、ため息をつくしかない



もう、そろそろ「アイリスさんの独り言」に、戻った方が、良いかな?
でも、2月25日に、自己採血が、あるし、手術の際、一番近くを通る重要な血管のCTもあるし・・



今朝は、疲れるような事をしてないのに、体がえらくて、起きられなかった
それに、気持ちが悪くて、遅い朝食をバナナ1本にして、薬を飲む
いつものように、窓に持たれながら、ぼっとしていたら、
20歳頃、崖から落ちて、ひどい圧迫骨折をした時の事が、ふっと浮かんだ
上半身が、しっかりした船に入れられたような感じ・動けない状態で、長期間を過ごさなくては、ならなくなった事がある
左足に麻痺が残るかも、子供を産めないかも・・・と、父母には、伝えられたようだ
本当は、付き添いなしだったのだが、母が頼み込んで、動けない間、ベッドの横で寝泊まりしてくれた
そんな介護を受けてか、奇跡ともいえる回復を成し遂げられた
そんな母も、初孫になるはずの子が、私のお腹にいる時に、47年の人生を閉じた
なにも解らず、自分勝手な私を残して・・・
いけない!
ついつい、おセンチになっちゃったみたい(^^:
これも、流れの中に沈んで、今の私があるのだろう
過ぎた事を、考えるのは、やめよう・・・
風さん、新しい1秒、1分を、早く運んできて!



メダカが、一匹おかしい
この間から、体をクルクル回して、泳いでいた
水槽の中の状態は、悪くないはずなのに・・・
体にも異常は無い
何もするすべもなく、見守るしかなくて・・・
水草に体を支えてもらってるのを見て、命の長さの限界を感じた
でも、動こうとするのを止めえる訳にもいかず、苦しみのもがきにも見えて、たまらなくなった
一瞬にして、苦しみを止めてやる事は、出来なくはない・・・むごい
命の長さを終えるまで、見届けるしか、ないのか・・・これも、つらい
時の流れの中で、逆さまに水草に引っかかって、動かなくなった
私は、後者を選んでしまった
あなたは、偉いよ、最後の最後まで、生き切ったんだもの
安らかに・・・そんな言葉を、かけながら
小さな命の最終章・・・私にもできるのだろうか



今日を大切に生きてきた私の足跡の一部が、返ってきた
昨年、XXホールで、「さくらの花びらコンサート」に向けて、私の撮った写真を応募した
使われるような写真ではなかったけれど、ここの場所で素敵な曲を聞くのが楽しみだったから、ちょっとコンサートと関わりたくなったのだ
今日、連絡が届いた・・・落選
当然の結果だったけれど、出した時は、落ちても、絶対に行こうと思っていた・・あの時のワクワクした気持ちを思い出した
「ご優待価格にいたしますので、おいでください」と、「3月20日」の文字が、ちょっぴり悲しい
先日も、1月から通おうと思っていた講座の払い戻し金を受け取った
動いた気持ちが、二つ消えた
でも、決めた時は、楽しかったはず・・・そんな日が、あった事を、感謝しなくっちゃ
明日は、わからない・・・だから、今日を悔いのないように生きなければ
改めて、思った

この間、このページをリンクから、外した
何を書いているのか、自分で責任が持てなくなってきて、公にする事が、怖くなった
それだけ、冷静になってきてるのかもしれない
真っ白なページを見続けていたら、心が虚しくなってきた
今日と言う日の書きたい思いを、私には、捨てられない
それを載せられる、果てしなく続く空の様な、この世界が好き
改めて、思ったのなら、悔いのない生き方をしなくては・・・・
私のHPさん、よろしく、お願いします・臆病な私で、ごめんなさいね



あと、2週間ちかく・・・
手術までの一カ月は、長いね
何か、自分が爆弾を抱えているのを忘れてる瞬間が、ある
座っている時に、首のカラーをするのを忘れている事もある
気づいて、慌ててし直す
首の自由がちょっぴり奪われて、書き込んでいると、顎が引っかかる
手術後は、もっとしっかり固定されるのだろうから、不便だろうな〜
待ちくたびれて、他人事のような言葉に、なってしまった
このくらいの不便さなら、我慢できるから、手術なんか・・・の、電話の向こうで、
「痛かったり、体調が悪化しながらでも、我慢して順番を待ったいる人もいるのに、なにいってるの」と、妹
タイプは違うが、精神的な強さは、私の上をいってるから、よく叱られる姉だ(笑)



目の前に、大きな予定が入っていると、前を向くより、昔の事が、思い出されるのだろうか?
戦中戦後を生きた父母の事
思い出すことは一杯あるし、2人の事を、全部書きたいのに、書けない
書いたら、気持ちが楽になるんだろうけど・・
今日の新聞の投稿の80代の方の、帰り道にすれ違うのに、一言も話せなかった初恋の話が、
私とあまりにも似ていて、私のも初恋だったのだろうと振り返ってしまった
6年の時に、イタズラばかりされるのに、睨んだ相手の「やった!」の笑顔に、「もう〜」の微笑みを返してしまう私
違う中学の帰り道で出会う彼とは、投稿の方と同じ
すれ違いの瞬間には、お互い言葉も目も合わせないまま・・・でも、嬉しかった
後で、気づいた
その道は、彼にとっては遠回りで、私の家の前を通る道だったと
80代になっても、私も思い出すのかな〜



「今日は、元気がよさそうだね」「病も気から、って言うからね」
夕食の宅配の人に、言われた
毎日、会っているから、様子がわかるのかな



親友との少し遅めのランチは、例のスパがメインで、大満足
「バジルスープも、今年は、これで最後かもしれません。もうなくなるので」と、言われた
バジルを何らかの方法でストックしてかどうかは、良く解らないけれど、来年のバジルの時期まで待たなくてはいけないようだ
入院の時のために、大きめな割れないコップを頼んだら、希望通りのコップも見つけてきてくれた
入院の話から、私の全身麻酔盲腸の手術の話になった
実は、この手術の事は、私の記憶の中に全く残っていないのだ
何だかよくわからない夢から目覚めたら、両手をベッドに縛られて、点滴をされていた
その後、何かあった気がするけれど、しっかり思い出せるのは、食堂に行って食事した事と、
廊下を通る看護師さんの「まだ若いのに、認知症なんて・・・」の会話
親友が、「入院前にランチして、ちらせなくて手術する話してたものね」・・ドキッ
「その後、何度連絡しても連絡がとれなくて・・・、ご主人がメールに気づいて、手術(?)性認知症とかで、会える状態でないから、
と、メールが来たから、お見舞いに行ってなかったわよね」
この言葉に、「嘘でしょ! あなたとランチした??」って、叫んでしまった
全く、記憶にない・・・・「いつもの貴女だった」と、彼女もビックリ
お腹が痛くなった記憶もなくなっているけれど、彼女とランチした事も、残っていないなんて
「怖いよ、それ」、「うん、変だよね」
二人とも、ゾック!!
手術前は、記憶には残っていないけれど、普段の私が行動してた
手術後を知る人の声を合わせると、点滴は、外して困っていた事、見舞いに来ると、ちょっとおかしいけれど、対話はしていたとか
すくい取れる時間があるが、全く記憶が残っていない
当時を知りえた事は良かったが、家に帰ってから、パニック



手術認知症(この言葉があるのかどうか解らない)と言うのではなく、「術後せん妄」であることを確かめた
認知症は、なおりません・・・術後せん妄は、なおります
でも、手術前のちゃんとした私まで消えてしまっていたのが、ショック
認知症と術後せん妄とは違うけれど、認知症にもそれなりの感じる心が、あるのだろうか?
きっとあるんだと思う

せん妄時だけの記憶が飛んでいるのなら理解のしようもあるけれど、
親友とランチした正常だった時期をも含めて、記憶を消してしまったのは、苦しすぎたから?
なんだか、よくわからない
この時期に、偶然、出会ってしまった言葉と過去をどう切れ抜ければ良いのか
わからない
???



手術せん妄の時のことを、妹から聞いた
看護婦さんの白い衣服を見て、「ウサギが飛んでる」等、訳の分からない事を言ったそうだ
自分自身でも、途中で気がついて、「なぜ縛られているの?」と、一生懸命にほどいた事を覚えている
そして、ベッドに立ち上がったことも・・
その後は、わからないけれど、ベッドから落ちて圧迫骨折をしてしまう事に・・・
退院したのも覚えていない
そんな経験があるから、「せん妄」が、怖かった
「大丈夫だよ、今度またそう言う事があったら、そっと撫でて話してあげるから」と、妹
そういう事を、理解して、見てくれる人がいると思ったら、少し落ち着いた



XX病院整形へ

・・・カラーの採寸・・・ ・・・・自己採血400、点滴・・・・ ・・・血管の造影CT・・・
 今のより大きいけれど、あたりが良い  頭がふらついた   造影剤が入った瞬間顔中暑くなった

看護婦さんに、そっと聞いてみた
「私、せん妄を起こしたことが、あるんですけど」
「大丈夫ですよ、今は、本でも学んできていますから。先生に一言いって下さい。「そう」ぐらいの返事だと思いますけど」
いとも、簡単に言われて、笑っていらした



今日は、恩師の先生の所へ
せん妄の事で、心配な事を話した
それは、普通に出て当然である事、前は良く解らなくて、大変な時代もあったけれど、今は、ちゃんと理解されている事を、話してくださった
いろいろ質問をぶつけた・・・一つづつ、納得
「いかされてるんですよね、苦しくてもその先には、何かあるんですよ」
先生の言葉達を、どう書いたら伝わるかわからないから、書くのはやめる
最後に「僕は臆病だから、手術の2週間前からでも、怖くて仕方ないと思うよ」
「え、先生が・・・?]って、2人で大笑いして帰って来た
良かった、これで、しっかり前を見て歩けるよ
今まで以上に、今日という日を、大切にしようと思う



そう言えば、昨日、私がある契約している場所を、恩師の先生に聞かれた
前は、「そんな所、あるのか?」と、言われたが、今回は、そう言う場所を探している人がいるらしい
病院内でも、その場所を知っている課があったから、結構、使っている人達がいるようだ
少しは、私も役に立って、嬉しい



雨だね
一雨ごとに春に近づいている
窓から見ても、小さな芽が動いてるのが解る
私の春は、どの花が咲いているのかな〜
早く、この程度の体で、帰ってこられると、いいな



川崎中一殺害・・・「あまりにも、むごい」
その次に浮かんだ言葉、、「親(殺された子)は、何をしていたの」
あれだけの目のあざをつくって、友人にもサインを出していたのに・・・
今日、新聞で、「友人の何人かが、いじめを辞めるように、18歳の少年の家に行っている」記事を見た
18歳の少年の親が警察に電話したのも不思議だけど、、警官もきたと言うのに、何も防げなかった現実が、もっと不思議で、悲しい
「抜けたい」と話された、青年は、18歳の少年との出会いの場所にいたそうだし、「怖くて」の言葉
「怖かった」の言葉が、あちこちに出て来るけれど、しっかり立ち向かった友人達の姿もある
友人達の姿の後ろに、大人が、出てこないのは、何故なんだろう
出てきた唯一の大人(警官)には、何も伝わらなかったようだし・・・・
これだけ、人が関わっているのに、何故、防げなかったの?
ここまで書いて、昔の事を思い出した
静かだったマンションに新し人が入ったのか、女の子が、夜、大泣きをしているのが、聞こえるようになった
だんだん、激しくなっていって、「ごめんなさい、ごめんなさい」の鳴き声に変わって行った
最初は、躾だろうと思っていたのだけれど、「おかしくない?」に変わった
近所中に聞こえてるはずなのに、誰も気にしないみたいだった
通報した方が、いいんじゃない・・・の気持ちと、どこの部屋かも解らないし、泣いている現場でなければ、対処してくれないのでは・・・の気持ちが揺れた
鳴き声が聞こえだしたのと同時に、家の横で少年たちが、夜遅く集まって喋っているのが聞こえるようになった
出て行って、注意する勇気はなかった
これも、女の子のと同じで、通報しても居なくなっていたら?、逆恨みされたら?
私は、大の大人なのに、怖くて逃げた
何回見過ごしたろうか?・・・やっぱり何とかしなくては、と思いついたのが、知り合いに町内の防犯係をした人の事
話をしたら、「一人で出て行くのは危険、そういう時は、ここへ」と、電話番号を書いてくれた
その番号が、どこに繋がっていたのか、わからないまま、電話機の横に置いた
その後、集まりもなくなって、電話番号を使う事もなく終わった
同時に、女の子の鳴き声も・・・
その後、「あそこのマンションの部屋の人、引っ越ししていって、静かになった」の話しが、いろいろな所から聞こえてきた
どこの部屋の人かも知っていた人がいたんだ
見て見ぬふり?・・・愕然としてた?
私も情けない大人だと思ったけれど、平然と見てた大人もいた
何処かで防げた少年の死も、もしかしたら、こんな大人たちが潜んでいたのかも
今は、堂々と対処できると思うけれど、なさけない大人の私がいた事も確か
だから、前文を書く資格は、ないよね・・・でも、今の私の気持ちを書きたくって



事件で、ネットを使って調べる事等ない私だったけれど、「名前+事件」で、検索をかけた
でてきた、いっぱい・・・驚き!
それ以上に、驚いたのは、犯人2名の名前まで、書きこみしてある・・・本当なの?、何故、実名が出てるの?
ブログさえ、読もうと思わないし、ましてや、書き込みなどしたい等と思わない人だ
独り言を言っていられるHP以外の世界を知らない
この世界の一面を、聞いてはいたけれど、すごく怖い物を含んでいると、始めて実感した
後は、言葉が見つからないまま、ネットを消した




何か、心が落ち着かない
私は、ある事で、医療費が窓口では0円だ
助かったと感謝した
それとともに、後期高齢者保険に移行された
そして、後期高齢者保険料が、請求されるようになって、毎月6300円を支払っている
これって、どういう事?
ネットで後期高齢者保険料を調べた
それはそれで、解ったけれど、疑問点も多い
結局、何故、私が、後期高齢者保険に移行されたのかの理由がわからない
もう、国やお役所仕事の複雑さを追及するつもりはないから、どうでも良いのだけれど、不思議な世の中だ



メダカが、何回数えても、一匹たりない
探しても、外からは見えない
どうしちゃったんだろう


これからの一週間で、友人たちに手紙を書こうと思っていた
「暖かくなったら、会おうね」って言っいた言葉に、「実は・・・」と
でも、書くのを辞めた
今は、何も知らせない方が良いと思ったから
元気になれて、会えるようなら、笑い話の様に話して、友人の笑顔を見たいから



入院までの1カ月は長いと思ったけれど、入院前の1週間は、どんどん過ぎて行く
もう、何も考えるのを辞めよう
怒りも不安も寂しささえも忘れて、かすんだ希望の文字だけ抱いて、
心を無にして、空に浮かぶ雲の様に、風に揺れる木々や花のように、時を過ごしたい



なんて、
私は、そんな悠長な事を言っている立場でない事を、新聞を読んでいて、気づかされた
前に、書いた文章
川崎中一殺害・・・「あまりにも、むごい」
その次に浮かんだ言葉、、「親(殺された子)は、何をしていたの」

この文章を取り消さなければいけない
こんな事を、書いた事を、まず、誤ります
「ごめんなさい。」
一番悲しんでいるのは、誰でもない親御さんなんだから・・・・

何か、ふとして、目に留まる物のが、良い気付きだったりしてきたけれど、今回、ふと開いた新聞が、私の想像の愚かさを教えてくれた
家は、母親と5人の兄弟
母親は、一生懸命働いていて、その大変さを亡くなった少年は、しっかり解っていて、「心配させたくない」と、友人に話したとも言う
訪問介護などに携わっていたようだが、子供の状態を把握できないほど、忙しかったようだ
知ろうとしても知る事が、出来なかった状態
知っていても、どうすることもできなかった状態
朝早く子供が起きる前に仕事に出て、夜遅くまで働かなければ、生きていけない生活だったようだ
母親は、精一杯だったろう・・・・「困難な状況にある家庭」の新聞の文字が悲しい
いくら書いても、幾つもの糸が絡んでて、単なる少年の死だけでは終わらないものが、ある気がする
犯人の罪の他にも、防ぐことができたかもしれない大人の反省
社会の中で、見落とされていた家族を救い上げられなかった社会組織責任
しっかりと見つめて2度と悲惨な事件を起こさないようにとの願い

叶うのかな〜
残された遺族の悲しみの中に、私のような馬鹿な言葉が投げつけられませんように・・・
遼太君の安らかな眠りを願うと共に、ご遺族が、無神経な言葉に傷つきませんように・・・・
いろいろな家庭の一つに、私も生きてるんだよね



川崎中殺害の事で、「夜回り先生・水谷修さん」のコメントが出ている新聞を見つけた
前に新聞に連載されていた記事を、楽しみにと言うより、困っている子に伝わればと、願うように、読んでいた一人だ
「学校や地域の大人が一歩踏み込み、動いていれば助けられた」
この先生らしい、文が続く
私は、コラムをまとめた本を持っている・・・何時か渡そうと思う子の為に



私は、休火山を心に抱えている
一つが噴火しそうになった
押さえようとしても、おさまらない
散歩にも出られないし、メダカさんの可愛い姿だけでは、おさまらない
パソコンを触りだしたら、少しづつ収まって行った
パソコン依存症かな、私(笑)
これくらいで、収まる噴火なら、まだいいけれど、日本と言う大きな火山は、国民の意見を無視して、グラグラと煮え立っている
いつか大きな噴火になりそうで、怖い



自分では、良く解らないけれど、気持ちが敏感になってるのかもしれないね
世間が、あまりにも、おかしな状態をおこしてるから・・・
でも、私は、今は、傍観者になって、自分の手術に臨まなくては
こんなに、元気に書くことができる為にね



サクラソウに可愛い桃色が・・・いつ、咲くかな
入院までに花が、見れると良いんだけど



難病指定を受けて、始めて知った、難病なのに難病指定されない人々の事
新聞記事で、ちらっと読んだだけだから、勉強してから、書くことにしよう
退院してからだな
やる事が、残っていると言うのも、退院までの勇気をもらえる様で、嬉しい



明日は、雨だと言うから、庭の小さな畑に種まきをした
春まきでもちょっと早いかなと思いながら、野菜でなく、昨年咲いた花の種
バジル等を蒔きたかったけれど、温度が足りない気がして・・
片手で触る土の感触が気持ちいい
これも、「どんな風になってるかな?」なんて想像するのも楽しそう
前から気になっていたイチゴの変わった品種がある
そっと観察したら、鉢中、根が回ってる
慌てて、ミニ畑に移した・・・どんなイチゴの実になるのかな?
ヘリオトロープも、寒さに負けまいと、花を咲かせてくれているから、一輪もらう事に
病室は、花は禁止だけど、ドライで少量をハンカチにしのばせるぐらいなら良いよね
気になっていた庭仕事が少しできたし、後は、あなた達で、頑張ってね



もうとっくに、美容院に行っている時期だけど、手術前にサザエさんの所のワカメちゃんの様な髪型にされるようだから、ほかっておいた
検査入院の時、同室の人が、「切られるのはいいけど、その髪が、何故か立っちゃうの」って、言ってらした
そうなっても良いように、薄い帽子を用意したけれど、忘れ物は、ないだろうか?
ICU用は、一つにまとめて、バッグへ入れたし・・・
大好きな光さんのチェロの曲も録音して、いれてあるし・・・
手書きできるように「独り言」専用のノートもいれたし・・・
デジカメも補充バッテリーを充電してるし・・・・(手術なのに、こんなの持っていくのも私ぐらいかな(笑)
部屋の中は?
冬越しで、部屋に入れてあったハーブ達も外に出したし・・・



「少しなら我慢するけど、なるべく手術のひどい後遺症が、でませんように・・・・」
今日が、終わって行きます
明日は、きっと良い日でしょう(^^)
もう寝ます・・・おやすみなさ〜い
皆さんにも、素敵な夢を


トップページへ