アイリスさんの独り言 1月 


明けまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします

2014年 元旦

皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます  アイリスさんより

1月01日(水)
 お昼も夕食も、みんなで楽しくお喋りしながらパクパク・・・嬉しいうれしい元旦になりました(^^)。
帰りがけに、Y君がカブトの幼虫の事を言っていたのを思い出して、昔使った昆虫の本をあげた。
そうしたらものすごく喜んで、「僕、こう言うの欲しかったんだ! 園には、あるけど、家にはないんだもん」って、言ってくれた。
「これが、オニヤンマでしょ・・・」って、親に説明するんだけど、2人とも「気持ち悪いから、お願い・・・見せないで」って、逃げ回ってる。
本人は、もう夢中で本にしがみついて、車に乗っても開いたまま・・・・良かったのか、悪かったのか????


1月02日(木)
 午前中寝ていて、午後から妹の所へ。
美味しい海の幸をいっぱいご馳走になる。仏壇に、この前見つけたノートとはしリ書きを置いて、いろいろ話もしてきて、ホッ(^^)
この前電話で妹が、「手の膨らみが凄い」って聞いていたから、様子を尋ねると、なんとかひいたみたいで、一安心。
乳がんをやっているので、心配はしているのだけれど、何もしてあげられなくて、かえって私の方が助けてもらってばかり・・・・・
リンパマッサージを、しっかりした先生に教わって、毎日やったり、寝る前は、包帯(っていうのかな?)で右腕を巻いて寝るのだそうだ。そこまでは聞いてなかったから、ビックリ!
外から元気そうに見えるし、洋裁も刺繍もやってるから気づかなかった・・・・自分も同じような状態なのに、気づかなかったのが、情けない。
私は、すぐ騒いじゃうけど、妹は真が強くて、人間的にもできてるから、頭が下がる。
帰りは道路を包む明かりにウットリ・・・素敵なドライブを、ありがとう。


1月03日(金)
 体がグッタリ・・・・でも、2日に届いたお手紙に返事を書かなくっちゃ・・・・・。
便箋を開けた途端、飛び込んできた文章に、頭をガーンと叩かれた気がして、ずっと気になっていた。
XXXの教室の先生に質問を書いた手紙にお返事が・・・・「あなたは、私の話をしっかりきいていない・・・聞いて、考えればわかるはず」
確かに、私は先生のお顔を見るのも、お話を聞くのも嬉しくて楽しくって・・・・
月1回の講座だったけれど、体調の加減で半分くらいしか出ていなかったし、傾聴の意味が分かったような気持ちになっていただけなんだと気づいた。
私の疎かさから、とんでもない質問をしてしまったようだ。
心から素直に謝りの手紙を書いて投函した。本当に未熟な人間だよね。
でも、落ち込んではいられない。次回からは、心を真っ白にしなおして出かけよう!


1月04日(土)
 体はえらいのだが、ずっと寝ていられなくなった。
それに此のところ、怖い夢ばかり見て、寝ざめ悪い。
心に封印したもう一人の私が、微かな隙間から流れ出しているんだろうか・・・・ゆったりと流れる夢をみたいな〜。
忙しかったのと体調が良くなかった事で、新聞を久しぶりに読んだ。
亡くなられた「やさせたかし」さんの言葉を書き留めている記事に出会った。
正義はあるだろうか?・・・「ある。それは献身と愛だ。
弱者を助けることである。」 大きく振りかざすのではなく、困った人にそっと差し出す手こそが、正義」(明日を開く言葉)。
昔、アンパンマンが自分の顔を食べさせるシーンが、よく解らなかった。
こんな深い意味があったとは、きづかないいままを過ぎてしまった。もう一度、テレビを見たくなった。
立派な人・すごい人って、新聞欄に顔を大きく出さなくても、いろいろんな所にみえるんだな・・・・・いろいろな個性を持って、暖かく・・・。
私は、昔から宗教にしても会にしても、絶対性を求めてきた。今までは突き進めば進む程、矛盾が出てきて、途中で去ってきた。
今も、それを求めているところが、ある。
でも、私の求めるような物・人は存在しなのではないかとも思えるよになってきた。
どんな人にも物にも矛盾があって当然で、自分が求める部分があるなら、その部分を吸収すればいいのではないかと・・・・
いろいろ吸収することで、もしかいたら大きな物が現れるのかもしれない
妹と話していて、そんな気持ちになった。キラキラ目を輝かす私もいいけれど、ゆったりと受け止められる私も必要かもね。


1月05日(日)
 体の痛さは取れたみたいだけれど、眠っているような目の感じ・・・・
自然を中心にしたCDを流して横になっていた。
外へ一度も出てない。
部屋に置かれた大好きな物達に囲まれて、曲を聞いていると、それだけで幸せ気分・・・・
明後日、T先生の所へ行かなくっちゃいけないから、養生しておかないと。
親友から、1月ランチのお誘いが来た。いろんな事を整理したから、日にちOKの返信メールを送る。
パソコンメールに私が入院していた時に、私の係りになった看護婦さんからのが入っていた。
いつも明るく笑ってるけど、しっかりした意志を持った人。
いつも明るく励ましてくれて、退院してからも3〜4度、病棟に会いに行っていて、その後は、年1回の挨拶になっていた
。メールしあえるなんて、思いもしなかっただけに、嬉しさが倍増した。やっぱりHP続けて良かった(^^)V
 主人がマウスの線を繋げなくていい物をプレゼントしてくれた・・・・便利だ・・・・ありがとう(^^)


1月06日(月)
 今日から、普通の毎日が始まる。
いつも行っている花屋さんの方が通りがかり声をかけてくださる。「今年も宜しくお願いします。今日は、お元気そうですね。良かった(^^)
いつも気になってるんですよ」って、嬉しい。夕食の宅配の方もちょうどいらして「明けましておめでとうございます。お元気そうですね(^^)
今年から箱が変わります。また、宜しくお願いします」と笑顔で話しかけてくれる。久しぶりに庭に出ただけなのに、笑顔のお話ができて、大満足。
 部屋に入って、ラジオを聞きながら、昨日の新聞を見る。
発言欄に気になる文字が・・・・
「兵役もありうる・・・」「永遠の0の映画を見て、改めて子供達を戦地に送った親の本当の想いを考えされた事同じ過ちをしてはいけない。
そのために私たちがこの国の行く末に責任を持たなければいけないと結ばれた。
私も、あの法案が通ってからの国の動きが怖くなってきていた。
絶対に軍事国に進んでほしくない・・・子供や孫達の未来を守りたい。でも、一人の力で何ができるんだろう。
ただ、状況を見ているだけしかない自分が悲しい。


1月07日(火)
 今日は、T先生の診察へ・・・近くの地下鉄の駅まで乗せていって貰って、一人で出かける。
あんまり調子が良くなかったから、病院まで乗せていってもらいたかったんだけど、体調の事は、主人にも解らなかったみたいだし、私も寄りたいところがあったから、ファイト! で出発。
主人の前では何故かイヤリングできなくて、地下鉄に乗ってから耳につけた。
私の元気と凛とした気持ちの応援団のイヤリング・・・・なんで付けれなかったんだろう??
 病院の帰りに、1本違う道に入ってみた。うんうん、良い匂がする・・・と、思ったら、僅かに開いたドアの向こうからみたい。
匂いに誘われて、他のお客さんと一緒に店内に・・・こじんまりしたパン屋さん。
お昼頃だから、お客さんがいっぱい。どの棚を見ても美味しそうなパンばかり・・・・。
コンビ二でパン買うつもりだったんだけど、あまりに美味しそうだから3個買っちゃった(^^;
「クルミパンは、明日ゆっくり食べればいいわ」って、思いながら宣伝用のパンフレッド(HPあるみたい)を手に匂いにウキウキ地下鉄に。
いつもの場所は何故かいっぱいで、一般席に・・・・。
降りてバスがまだみたいだから、近くの本屋さんに寄って、「真夜中のパン屋さん」(この前まで、テレビで放映していたもの)2冊で1000円(ポイント貯まってて、たぶん安くなった) やったね!
  「永遠の0」の文庫本も買いたかったけど、こずかいを考えたら、来月だ。
小説買うなんて、久しぶり・・・心に余裕が出いてきたのかな?
もう1冊「蜜蜂の会議」も除いてみたかったけど、疲れてきて、バス停へ。
バスの中で、白髪に黒のベレーボー、厚めの黒のコートを着たご婦人に出会った。
う〜ん、こいうの素敵・・・自分らしく歳を重ねていらっしゃる・・・・・・。
帰りの道で、一瞬流行のコートが3割引きで出ていたのに心が揺れた自分を恥じた・・・・
あれはコートにハイヒール履くからカッコいいんであって、今の私じゃ、着こなせないもの(^^;
家に着いたら、いつものようにダウン(笑)


1月08日(水)
 疲れている事は、確かだけれど、思ったより疲れが少ない・・・良かった(^^)
平日のようにやる事はやって、午後少し横になる。雨音が聞こえる。
 何故か学生時代の事が、頭の中をグルグル回る。
海岸の近くの家で、息もせず、体も青くなりかけていた私が奇跡的にも息を吹き返して命をもらった家。
でも、母にではなく、ほとんど祖母の手で育てられたような私。
祖母の自由で積極的で明るい部分を受け継いでいたのか?、
それだれけだったのか???だけれど、田んぼで蛙を泥んこになって掴んで来たり、取ってきたオタマジャクシが知らない間にいなくなって(蛙になってにげだしたんだけどね)大泣きしたり、
海に浮かんでるクラゲや海藻をママゴトに使って刻んだり、海辺の岩場に野良犬の赤ちゃんを隠して飼っていて、
帰り際に波が寄せ始めて自分が帰れなくなってしまったりで、いろんな事、起こしたけど、楽しかった毎日。
「アイスキャンディは、汚いから食べちゃダメ」って言われる神社や町内のお祭りが、ちょっぴり切なかったけどね。
時々、戦前の裕福な時の話に「乳母」が出てきたが、そういう話は意味がわからからなかったから、聞き流していた。
だが、何を伝えたかったかは、今は解る。
 幼稚園の事は良く覚えていないけれど、ブーちゃんって言う男の子が、いつも傍にいてくれた事だけは覚えてる。
帰りは毎日、祖母が迎えに来てくれて、薬の副作用で、難聴になるかもと言われた事で、耳鼻科に通った。
生き返りに、祖母と話すのが好きだった。
小学校は、キューピーちゃんのあだ名で、友達とラジオのウタバン組に出たりして、担任の先生以外の事では、とっても楽しい時間だった。 
 父の転勤とともに祖母と離れることになって、その上、病気で長期療養・塩分調整で、まともな物が食べれなくなって(醤油小さじ一杯が1日分とかね)、学校へ通えなくなった。
通えるようになっても給食の塩分調整がひっかかって、食べられず帰宅。
でも、試験は受けていてレベルは皆と同じだった。
ローマ字はクラスで上位だっしね。
先生もクラスの子も来てくれていたけれど、母の教育のお蔭で、授業を受けなくても皆についていけた。
友達を作るどころではなく、今までの環境が、余りにも変わった事の衝撃で、感情が抜け落ちたかの様に笑うことも忘れてしまった。
治ったと同時に、又、転勤。
此のころから、「何もしなくていいから、勉強だけしていなさい」が、母の口癖になった。

5年の転校先は、低学年の時を思い出すと様な雰囲気を持っていたし、
借りた町長さんの離れも、りっぱな庭があって古風な作りが気にいって、気持ちが少しづつ癒されていくのを感じてたけど、何が起こって行ったのか覚えていない・・・・

6年の時には、男女共にいい友達に恵まれて、そのグループで行動してた。完全復帰!
ある時、新聞作りに皆が夢中になりすぎて、校舎に鍵をかけられてしまい、天窓みたいの所から皆で脱出したこともある。
皆に推されて副会長やって、電柱に書かれた、いたずら書きを消す運動もしたけれど友達たちに助けられていて、たりして、皆とワイワイ・・・・・
一番楽しい時期だった。
そんな時に「赤毛のアン」に出てくるギルバートのような少年に出会った。
よく、からかわれたり、いたずらされたりしてして怒ってた・・・アンのように(今思えば、あれが初恋の最初だったんだけどね)。
 でも、その仲間達は、中学進学の時に、私立に行ったり、越境入学して、地元の中学に進んだのは私だけ・・・・寂しかった。
ギルバート少年も他の中学へ。
でも、卒業式の日に、座ろうとしたイスをひかれ、尻餅ついて睨んだ私に、微笑み返したのが、最後のいたずらになって・・・・。
 
 中学に入ってそうそう、3年の不良の子から呼び出しの手紙(恋文みたいのもの)をもらった。
友達になったばかりの子に相談したら「私が付いて行ってあげる」と言われ、
出かけた(今、思えば無謀な事だけどね)。
結局、たいした話もなく、帰って来て、事は終わったと思っていたの。
しばらくして、授業で、何か自分の事を話すことになったのかな・・・・・・
その時の友人が、私を名指しして、「付いて行ってあげたら、私が不良になってしまいました」って、言うような事を喋った。
 それからかな〜、クラスの女子が、私に話かけてこなくなったのは・・・・・・・
勉強の方は学年でも上の方だったし、運動も走るのは上位で他もなんとかこなしてたから、存在は認められていて、あからさまに何かされた事はなかったし、私も気にしてなかった。
でも、遠足などの時だけは、「誰と座ればいいんだろう」って思ったものだ。
でも、近くの同級生が、ずっと変わらずに一緒に学校まで行ってくれたのは、今でも、ありがたかったと思ってる。
他の中学に行ったギルバード少年に帰り道で時々会えるのが、嬉しかった。
からかわれる事もなく、お互い何もわないで、すれ違うだけだったけど、アンの世界が広がって、レンゲ畑に大の字になって、レンゲの香りに包まれて、青空見ながら空想に耽ってた。
 ずっと勉強ばかりしてて、楽しい事が一つもなかったけれど、アンの世界が、私の心が真っ黒になるのを止めてくれていた中学時代。
そんな私を好きだと言ってくれていた男子は何人かいたみたいだけど、全く関心がなかった。
学校では、無視を何とも感じず、時が経って行くのを見てた・・・・。
 中学時代、少数人数の生徒と有名大学の2人の先生の塾にも通わされたけれど、私自身は、そこでも何の変りもなく時を過ごしていた
途中で、一人の先生が、就職活動のために辞められた
3年最後のお別れ会が、先生の家で行われて、生徒の一人ずつにプレゼントが渡され、私のは、たたまれた綺麗な紙だった
「まだあげそめし前髪の・・・」で始まる与謝野晶子だったかのうた
皆が、はやしたけれど、アンの世界にまだいた私には、その状況がすぐには呑み込めなかった・・・
今、思うと、恥を承知で、そうとしかできなかった事に気づかなかった事を、申し訳なく思ている
受験が成功してから、その先生との婚約話が、あったらしいけれど、それは、後で聞いた話
有名高校の国語の先生になっていらしたみたいだけれど、私が長女であることから、親が断ったのだろう
 高校は、女子では昔から有名な所に合格。
今も続いている親友(アンが永遠の友と呼んだような)は、この時できた人
その時からアンの姿が心の中から消えて、現実の中に楽しさが、少しずつ蘇ってきた・・・・・笑顔も。
2年も楽しかった!
でも、2年の最後は、毎日、古文の単語テストがあって、暗記力のなさを痛感してたけど、最後のは、手も足もでなくて呆然・・・・
ところが、あまり話もしなかった隣の男子が「見ていいよ」って、優しく言ってくれて、何とか乗り切った・・・感謝だった。
3年になって最初の学期の古文で、偶然いい点が取れて(これは見せてもらってないよ。
電車の遅れで、もう試験始まってるとこに飛び込んで、必死にやったから)上位成績で掲示板に貼られた。
で、皆は、私の学力の限界が少しずつ現れてる事に気づかなかった。
数学の授業で、始めて投入されたサインコサインの意味がよくわからず、うのみで覚えればいいものを、その文字に捕らわれて、前に進めなくなっていった。
誰かが、一言教えていてくれたら、私の人生は大きく変わっただろうにって、今でも思う(言い訳とと甘えだけどね)。
 父の転勤を境に、下宿したものの、生活する事や勉強する事がうまく両立できず、脳のほうの限界もあって、3年の最後はついていけなくなった。
無意識に、いやな科目の時は、電車の中で気持ち悪くなって、家に帰ってた。
父の転勤が及ぼした事は、妹も同じで、私の高校と同じ所に通っていて、親友もできて楽しくやっていたのに、1年からの下宿は無理と、父の転勤先の高校に変わらされた。
このXX高校の卒業証書が欲しかったのに・・・・可哀想だったけど、どうしようもできなかった。
私は、なすすべもなく、妹には、申し訳なかったけれど、なんか無茶苦茶な高校最後の時を過ごしてしまった。
 学年の終わりには、父の転勤先に短大を決められて、連れ戻された。だから卒業式にもでてないかな〜。
決められた所は、私の思ってるようなところでなかったし、地元の子が多かったかし、盆地特有の価値観っていうか、他の都市から来た私は、なかなか受け入れてもらえなかった。
ただいつも曇っているような空と、山に囲まれた盆地がたまらなく嫌だった。
中学の時の様に、自分の席があるわけじゃなかったから、休み時間をもてあましてた。
この時期は、想像する事も忘れ、2人の人からよくくる手紙に返事をかくだけだったかな。
いろいろ嫌な事を親の性にして、自分から逃げてた。最悪の子!
 そんな中、慣れない凍り付いた道から転落する事故がおき、圧迫骨折で、何か月も入院し、コルセット(あの当時は、ごっつい物)しなければいけない生活。
学校には通ったけれど、辛かった。
 こう考えると、私の学生生活は、最悪だね・・・・完全問題児だった。
でも詩は好きで書いてたし、夢の家の設計も見様見真似で書いていた。
アンのように空想することは好きだったのが、救いだったのかな(笑)
こんな私を、両親は、知らなかった・・・・何も相談しなかったし、ちゃんとやっているはずの期待の子だったからね(^^;
なんか、無性にかきたくなっちゃった・・・・・・・馬鹿な自分を(笑)

 ここまで書き尽くして、ふと気がつた。小学校2年の終わりで転校し、祖母と別れる事になるまでに、私の記憶に母の姿がない!
幼稚園のお遊戯会で、新しく買ってもらった帯が嫌で、「古い方がいい」と、泣き出した私をなだめてる姿が、微かに残ってるだけ。
母も始めての子の私に、愛情を注ぎたかったんだろうに、私の心は祖母にいっぱい注がれた愛情と厳しさしで満杯で、母の心の愛情は入っりこむ余地はなかった
困った時も悲しい時も、両親には、本当の自分を話す事さえ考え付けないような子になってしまってた。
どれだけ手をかけられても、反発にしか繋がらなかった。
母は、仮名文字で流れるような文を書ける人だったし、他の姉妹と同じように女子の最高教育を受けていたし綺麗で品もあった。
でも、叔母に頼まれた茶道の助手も断ったし、学校の役員も全て拒んでた。
家事だけに専念していた母を、大きくなってから、「なんで自分の人生を切り開かなっかたのか」と責めるはめにまでなってしまった私・・・・情けないね。

もう一つ気づいたこと・・・・・ハーブをやっていた時、せがまれて、祖母に連れていかれたお習字の仲間との写真を見せた事がある。
「すごい! この時期に靴を履いてる」と言われて、自分でも驚いた。私は、戦争の セ の字すら知らないまま育っていた事を・・・・。

父は士官学校に進んで入り、海軍でいろいろな経験をし、勲章をつけたその当時の姿は、シャンとして立派に映っていた。
母はと言えば、好きな人を戦争で亡くした、辛い経験をしたはずの人。
祖母も大きな屋敷を焼かれ、雇人だった人を頼って疎開した被害者。戦中・戦後を通り抜けた人達だったけれど、詳しい話は聞いた事が無かった。
父が海軍の集まりに出かける時の、嬉しそうな顔だけを思い出す。
両親達が、私の真実を知らなかったように、私も両親達の心の歩みを知らない・・・・。
もっと私が心を開いてたら(祖母に向けたように)、母の愛を受け入れる隙間ができていただろうに・・・・・
父の人生の大きな折り返しを応援できただろうに・・・・・今は悔やまれてしかたない・・・・・ごめんなさい、遅すぎるけど。

小さな小さな愛も見逃してはいけない。
世の中をもっと知らなけば行けない。
人が抱えている見えない苦しみも見逃さないような人になりたい・・・・

今また原点を見つけた・・・・・書いてみて良かった(^^)。


1月09日(木)
 急に親友から1月ランチを今日に変更できないかのメール。疲れも取れたし、用事なかったからOKメールを出す。
迎えに来てくれたから出て行ったら、素敵なお花のプレゼントと言うか、お父様が亡くなられた時に、出かえられなかったのでお供え花を送ったお返しなんですって。
申し訳ない気がしたけれど、快く頂いた。
シクラメンプラチナリーフの名のごとく、葉が変わった色で、花がまた葉色にあう白ではない薄ピンク。
花の付け根はバイオレッド。うーん、久しぶりに絵が描きたくなった。水彩の道具仕舞いこんであるから、出さなきゃ。
今日のランチは彼女が探してくれた、家の近くにあるらしいイタリア料理のお店。一見すると普通の家に見えて、通り過ぎるとこだった
そんなに広いペースではないし、2階が家だと言われたところをみると、お料理自慢の人が趣味を兼ねてやっているような雰囲気。
店員さんも笑顔だけど、通り一遍のお料理説明だし、ちよっぴり気遣いにかけてる。
それに近くにちゃんとしたお料理だすとこないと思って、服装をちょっと手抜きしてた(色柄も黒によく合うし、デザインも好きなチュニックだったんだけど、しっかり見れば高級生地でないことがわかる)。
親友は自分の好きな銘柄で、お気に入りの物を見つけると、
最後の最後まで値下がりするのを待って洋服を買ってるから、比べられちゃったみたい & 杖持ってるでしょ(冷やかにあしらわれてるのが、笑顔の奥に見えちゃったの。
でも、そんな事を忘れて、今日の私はお喋りが止まらなかった。
帰りに友人が、「あのパスタ冷めてたし、値段も、あそこの場所と雰囲気からすると高すぎるから、これっきりね」って言っていた。
私もリピータにはなれなあいなと思ってたから、心のなかでうなづく。
でも、話がいっぱいできて楽しかったし、情報が1つ手に入った。
彼女、図書館で利用して、小説を読んでるんですって。
私も「蜜蜂の会議」の本、2000円以上するから、これは図書館かなって思ってたところだったの。
今は、ビデオも見られるんですってね。環境もいいし・・・。
昼食にパンと飲み物持っていけば、一日中でも飽きないって。
うんうん、これは良い。地下鉄を使えば、ちょっと歩くけど、大変な距離ではないし、平日は、そんなに混んでいないんですって。
今度、一緒に行って、別々のジャンルの所で読んで、お昼は一緒に食べて帰ってくるのもいいね・・・って、事になった。
これもおもしろそうワクワク(^^)V


1月10日(金)
 自分の幼児期・学生時代と真剣に向き合った事と、ランチが楽しくて、話し過ぎた事で、なんだか疲れた・・・・
頭の回転は止まらず、疲れているのに運動量の不足で、しっかり眠れない・・・・しまった、バランスとるの忘れてた!


1月11日(土)
 カメラをポケットに入れて、いつもの道を歩く。
空が綺麗で、浮かぶ雲もくっきりした白・・・・・「ごめんね」って叫んだ。
ざわざわと風と木々の音
その向こうに、葉のない木の姿と青い空が見えた
そのバランスが、私の心をつかんだ・・・・パチッ!
言葉が聞こえる・・・・
やっと普段の私に戻れたみたい・・・・ありがとう


1月12日(日)
 いつもより暖かい。
田んぼのあちこちから煙が上がる・・・・・このあいだから積まれていたイチジクの枝払いした小枝を燃やしているのだろう
空を見上げると、一直線に伸びた飛行機雲・・・・その反対から、ゆうゆうと飛んでくる飛行機の姿が大きく見える
風は無いからサザンカの花びらを散らすことない
散歩してる人の姿も小さな絵のように飛び込んでくる
私も、ゆっくりゆくり地面を踏みしめて、この空気を楽しんでる
なんて穏やかな時だろう・・・・・
 通り道に「紫式部」を見つけた。小紫なのかどうかまでは解らなかったけど、紫色が綺麗!
道路に出ている枝から、実を少しいただいちゃった・・・・ごめんなさい
これを植えてやれば、芽がでるかも・・・・楽しみたのしみ(もう少し栽培法・撒く時期を研究しなくっちゃ)

UPを計画してものが、一杯あったんだけど、捕らわれていた所があって前に進めなかったの。
このUPで、気持ち整理できたから、また、ゆっくり他の物に取り組んでいきます(^^)


1月13日(月)
 今日は成人の日・・・・と言っても着飾る女の子を見ることもなく、皆遅い朝を迎えているのか、人気のない道路を掃く。
私も、のんびりと新聞を読む。
大人になる・・・・・の文字が目についた。
「自分のうちにひそんでいる子どもを恐れずに自覚して、いつでもそこからエネルギーを汲み取れるようになれば 大人になれるんじゃないかな」・・・谷川俊太郎さんの言葉だそうだ。
文は続く・・・・自分のなかの子どもをきちんと見つめ、大切につきあえる。それが大人だと。
なんかわかる気がする。
成人の年を早める話に、疑問を抱く人も多い。私の20歳は、何の意識もなく済んでしまったし、この年になっても、まだ迷ってる。
年齢を下げて、世の中の経験も少なく、自分と向き合える事もないまま、成人式=大人の仲間入りとしてもいいものなのだろうか???
確かに、ちゃんと心も成人に達している子達もいると思うけれど、割合を考えると、どのぐらいになるんだろう・・・・・???
なんて、新聞の記事に引き込まれて、考えちゃった(^^;


1月14日(火)
 新聞にセラピー犬の記事を2つ見つける。
一つは、「虐待児によりそうセラピー犬」、もう一つは「ホスピスで孤独を恐れる患者さんに寄り添うセラピー犬」。
セラピー犬の存在は知っていたけれど、いろいろな場所に活躍しだしてるのは知らなかった。
病院では、希望により個室まで入る事が出来るところもあるというが、衛生面や感染症等の問題のクリヤーが大変そう。
児童心理療育施設でのセラピー犬も目に浮かぶが、虐待児に使われたのを知ったのは始めて。
行われたのは検証の段階で、セラピーの効果があることが立証されたようだが、あらたなセラピー犬が見つからず、この療法は中断しているとか・・・・
犬の性格に厳しい基準があるようだし、そのような犬を探すのも大変そう。
いろいろな困難もあるようだけれど、どんどん増えて行って欲しいな〜と思う。
ただ、ロビーなどで行われるときは、猫がいたら出られないな〜と勝手に思ってる私もいる(猫は全くダメ、家に入っただけで、猫の臭いを感知してしまい、回れ右しちゃう)・・・笑っちゃうでしょ。
 私もセラピー犬等とは程遠いけど、我が家で飼っていた「チビちゃん」に、病院から帰った後、いっぱい助けられた。
最初は、家の中で見ているだけだったけど、動く生き物が見えるだけで、嬉しかった。
敷地内をゆっくり歩けるようになった時、私の様子が解るのか、ゆっくりついてきて、急に回れ右をすると、静かに後ずさりした。
私がゆっくり座わると、待っていたかのように甘えてきて、お腹を撫でてくれとひっくり返った・・・・・・触ると命の手触りを感じて、自分も生きているんだと言う実感を持ったものだ。
この子は我が家で2代目の子で、2匹一緒に散歩にでようとした私が足を取られて動けなくなった時も、紐を離したのに、這って家に戻る私の後を2匹とも、ちゃんとついてきて、犬小屋に入って行った子。
新聞屋さんのバイクに何かされたのか、それが回ってくると吠えが止まらなっかた親、花火や雷の音が怖くて泣き止まなくなる子の難点はあったけど、2匹とも人の気持ちがわかってた。
チビちゃんを散歩に連れて行ってあげられなかったけど、庭で遊ぶのが、あの頃の私の楽しみだった。
2匹を見送って、にどと悲しい死を経験したくなかったし、世話もままならない現実にも直面して、犬は諦めた。
でも、チビちゃんの写真は、まだ私を見てるし、Y君が「クリスマスにもらったのとは色は違うけど、双子だね」って、抱きしめてくれた縫いぐるみに心が入って、ないたり動作するワンちゃんも、傍にいる。
撫でると、、毛並が気持ちいいし、抱くとそれなりの重さがあって、ついつい頬を近づけてしまう・・・・・・これも、1種のセラピー犬かもしれないね。


1月15日(水)
 なんか心は薄曇り・・・・で、この間見つけた紫式部の種を蒔く。
花の花壇にしようと思った所があるんだけど、庭全体と釣り合わなくて、空けてあった場所に・・・・。
陽当たりはいいし、芽が出れば鉢に植え替えてやればいいかなって思って・・・・良い鉢が見当たらないんだもの。
 夜、テレビのチャンネル回してたら、「かぐや姫」の撮影の仕方やエピソードを放送してた。
見たかった番組キャンセルで、夢中で見てしまった(最初から見られなかったのが、残念)
髪の色を出すだけで、3色を重ねていくとか、空白を残す効果とか、線の表現のこだわりとか・・・・何百枚もの紙がたったの3秒のシーンだったり、想像を絶する作品だと知った。
高畑監督が、創造したものを、一つ一つの過程に、監督の想いを理解しようとし、表現しようとした優れた人材があったことも改めて知った。
新聞で読んだ曲への興味と、1人の女性としてへの興味で、見たかった映画なのだが、これは大きな画面で、いろいろな人たちの想いを考えながら見てみたくなった。
友達の良い日と、私の唯一の傾聴の日(お手紙の返事を書いたから、先生の反応を見たくてどうしても出たい)が、重なってしまったので、一人で行ってもらう事にした。
私が行ける映画館、一つあるんだけど、行ける日まで、やってるかな〜


1月16日(木)
 今日は、寒いけど、ハーブ(名前がでてこない・・情けないね)が枯れそうになっているのをチョキチョキ。
よく見ると下の方に、みずみずしい葉が出てる。
それがうまく伸びるように周りの枝を切る。
古い枝にも小さな葉が付き始めてる物は、その上でチョキン。
枝が込み合わないように、成長を妨げないようにしたから、きっと大丈夫だろう・・・・良かった(^^)
主人が友人と会うからと言うので、ローズマリーの花のついた枝(この頃よく使ってるね)何本かと、ラベンダーの素敵なグレーの葉を添えて小さなちいさな花束を作って、持っていってもらった。
本当は、透けるような素敵な紙に包みたかったんだけど、水もちの為に巻いたアルミ箔がうまくいかなくて、水漏れ予防をしたらできなくなっちゃた(ちょっと見栄えが悪い)・・・・・失敗しちゃった(^^;


1月17日(金)
 友人が欲しがっていた「かぐや姫」のボールペンを手に入れようと、近くのお店に出かけたけど、完売だった・・・・残念
主人にネットバイキングで見てもらったけれど、こちらもアウト。買うのが遅かったみたい(;_;)
画像編集、この間教えてもらったのに、うまくいかない。自力で頑張ろうと思ったんだけど、私の頭は、だめだな〜


真っ暗な暗闇で、扉をさがす
私の心の扉・・・・
どこなの・・・・
暗くてなにも見えない
でも、何処かにあるはずの扉
閉ざされても閉ざされても、絶対残っているはずの扉
どこなの・・・・
心が焦れば焦るほど遠のいて行ってしまいそうな気がしてきた
落ち着いて・・・・・
また、あの声が聞こえる
立ち止まった瞬間、微かな光が差し込だ
ゆっくりゆっくりあるきだす
光に向かって
そっとおした扉の奥に暖かな光と、優しく包み込んでくれる自然の息吹が・・・
もう大丈夫・・・癒されながら、私が蘇っていく
ありがとう・・・・


1月19日(日)
 風がものすごく吹いてる。
今日はY君が、カイト持ってくるから、良く上がるよ、きっと。
家に入る前に、Y君は、強風で飛んできたサザンカの花びらが目に留まって、動かない・・・この花、見に行く?って言った物の風に押されて回れ右。
又、大きくなって、一杯考えれるようになって、驚き!・・・・・もしかして、天才に近い物持ってる?・・・・・なんて事は、ないけどね(笑)
組み立てたカイトが、一杯の風をうけてうなる・・・・
どんどん上がっていくと、太陽の光の中に入って姿を見失う・・・・
紐を手繰りよそうとしても、体ごと持っていかれそう・・・・・
落ちると、一生懸命走る姿が、可愛い・・・・
後から、よその子達がきて、同じように上げようとするんだけど、空回りして上がらなかった。
やっぱり現代っ子だね・・・・カイトよりゲームが気になるよう。
でも、しっかり紐を持った時の風の感覚は忘れないだろう & 太陽の光に吸い込まれていった瞬間も。
私は声だけだったけど、一緒に走ってくれた主人は、もっと楽しかっただろうな・・・。


1月20日(月)
 夜中にトイレに行ったんだけど、眠たくて眠たくて・・・・で、「朝、起こさないでください」のメモをテーブルに置いておく。
もう、頭も体も腑抜けになって、ベッドに横たわっていた。時々目がさめたし昼食も食べたけど、頭の中は、気持ち良いほどに真っ白。
自分すら意識できない世界に入り込んじゃった・・・・・でも、気持ちよかったな〜
こんな日が、何日も続けばいいのに・・・・


1月21日(火)
 昨日みたいな感覚は、こなかったけど、もう少し休む事にする・・・・カイトの時に、ついつい足を使いすぎたみたい(^^;
親友に「かぐや姫」の放映時間の変更を伝える。
今回は、諦めてDVDで見るという・・・・・私も、もう一か所やってるとこがあるから、そこで見ようと思ったけど、諦める事にした。
寒さの中、無理して出かけるのは、最低限にしなくっちゃね。今週の金曜日は、「傾聴」の教室にどうしても出たいから。
書いていても、気になる・・・・歯医者さんで、上前歯数本を治療することになったはいいけど、仮歯が気持ち悪い。
それに、食べようとしたら奥歯になっちゃうから、うまく食べられない・・・・・でも、少し痩せるかな(笑)


1月22日(水)
 昨日のUPは、大変だった。
ホームページビルダーでは、ちゃんとできているのに、UPすると画像がでない。私が解る事は少ないけれど、いろいろ作業してるうちに、糸口が見つかった。
なんで、その作業をしないとうまくいかないのか、まだ理解してないけれど、方法だけは見つかった。
なんか頭を急激に使ったせいか、すごく疲れてる。


1月23日(木)
 頭の中に、いろいろなページの姿が浮かぶ・・・・。
本棚のページは、作り直したいし、庭のページは、どうしたら全ての風景を出せれるのか?
作品のページも、もう少し何とかしたいし、資料は探したいしで、時間と体力が足りない。
それにY君に渡したいと思っている資料も探さなくては、いけないし・・・・まっ、こちらはバレンタインまででいいから、後回しだけどね
 やっぱり精神的に疲れてたのかな〜
昼寝の時に、すっごく怖い夢を見た。夢の中で「夢なんだから、消えて!」って叫んでる私はいるのだが、消えてほしい姿を覚えていない。
体は、ずんずん重くなっていくように感じるし、最後は動けない状態で、目がさめた。
起きても、体の重さが抜けなくて・・・・・やっぱり疲れかな〜。
明日は、いよいよ栄だ!・・・行けるよ、絶対!・・・・早く寝よ〜
今夜は、きっと素敵な夢の世界が広がると思う・・・・楽しみだ。


1月24日(金)
 突然 偶然 始まりは 気づかぬうちに 予報通り 行かない 模様 
そんな時こそ微笑みを
ぽつりぽつりと 町の色 変わっていけば 傘はなくとも 青空に歌うよ 
どんな君でも 愛している 顔を上げてごらん 光が 照らす 
涙の川も 海へとかえる 誰の心も 晴れのち 晴レルヤ

 朝の連続ドラマの主題歌。ゆずが歌う 「雨のち晴レルヤ」の歌詞。
毎朝、これで元気を貰ってる・・・・・さてと、今日も頑張るかな(^^)

傾聴の教室では、最高の話を聞けて、いろいろな気づきを貰って、時間の短さを恨む程の時を過ごし、帰りの友人との話も、あんなに楽しかったのに、内容を書きたくても、書く体力がない・・・
また、ゆっくり書こう・・・・


1月26日(日) ダウン
1月27日(月) ダウン
1月28日(火) ダウン


1月29日(水)
 やっと元気になってきて、お医者さんにも行けた。
血圧が少し高めで、薬がでた・・・・本当は、薬を飲みたくないんだけどね(^^;
まっ、足が悪い分、運動が不足がちになるから、しかたないかもね。
つい調子に乗っちゃって、裏の田んぼの全体像を撮りに出かけたら、近所の人に会っちゃって・・・・・。
「何、撮ってるの?」・・・・・なんか悪いことしてる様な感じがしてきたけど、ちゃんと説明した。
どこまで解ってもらえたかは??・・・・・・どうせ見られても恥ずかしくないもんね。


1月30日(木)
 この間の傾聴で聞いた事、ショックなことばかり。
一つは、薬の事
精神科のベッド数は、日本が一番多い事、2番目は韓国だそうだ(前はけっこう低かったのに)
イタリア・フランス・スイス・アメリカ等は、前は多かったらしいのだが、だんだん下がってきて、見たグラフ上では、ほとんど底辺に近い。
イタリアは、底辺に近づく速さが速いし、ほとんど0の状態。
同じようなカーブを描いているが、ちょっと高めなのがドイツ。
確かに、薬も必要だとは思うけれど、薬が出され過ぎの部分も、医者の考え方の違い・・・・世の中の風潮も。
カウンセリン療法は、すごく有効だとか・・・・私も本を見たりして、少しは知ってるつもりだったけど、あの表とお国内情には、ちょっとショックだった。
何が良い悪いんじゃなくて、本質的に私たちが、もっと自己回復力を信じるべきなんだろうな・・・・
 阿部さんの参拝で、いろいろな所に影響が出ているけど、そこに祀ってある御霊(全員かどうかは???)が、何をしてきたのか・・・・知ってる?
私は全く知らなかった。
韓国で日本が勝利した戦争があった事、原爆投下後の様子、日本が戦争に負けて、自らの命を絶った人達もいた事・・・・それぐらいしか
日本人が、勝利した時に、一部の人だと思いたいが、とんでもない横暴に走った事を、今日聞いた。
韓国によくいかれる先生の知り合いから、親達の話を聞かされて、その話を教えてくださった。余りにも屈辱的なめにあった女性の話とか・・・。
 日本人も、アメリカ兵の上陸を踏まえて、死を選んだり、いろいろな方法を考えたんじゃないのかな?
でも、何もおこらずに、紳士的な接し方に、ホットした人も多いと思う・・・・・
もし、韓国でおきたような事が日本にもおきていたら・・・・日本人もアメリカを許せるだろうか・・・・
昭和天皇様も今の天皇様も、一度も参拝していらっしゃらないのは、その辺のご配慮があるようにも聞こえた。
いろいろな場所で、戦争がおこり、悲惨な子供達や・けが人の写真は報道されているけれど、見えない場所で行われているであろう報道は一つもない・・・・本当にないんだろうか???
韓国で、日本人が、何をしたのか明細に知りたい・・・・アンネの日記のようにね

 これとは関係のない事だが、テロリストの少年の事が、また浮かんでくる・・・自分が仲間から疑われて、兄が妹に爆弾をつけて川を渡った所の警察(?)まで行って、自爆しろと命じた事件。
妹は、川のあまりの冷たさに泣き出して、それが発見されて、事なきを得た・・・・
でも、小さな子供が洗脳され、一番身近な妹にさえ死を与える事に、何にも感じなくなるなんて・・・考えただけでもゾッとする・・・・。

日本は本当に平和だ・・・・雲行きが怪しいけれど・・・・平和を壊しては、絶対ダメ!
国民の力だけでは、守れなきれない現実・・・知らなすぎる戦争の悲劇と悲しみ・・・・戦争を知らなすぎる世代が増えた。
洗脳されてはいけない、惑わされてはいけない、個人の自由を取られてはいけない、錯覚してはいけないのだ未来の為に・・・伝わらない心が、悔しい・・・・・
こんな事を書けるのも、今は自由で幸せな国の証拠・・・・・続いていって欲しいどこまでも・・・・

無力になっている若者達、本を読もう・旅に出よう・周りを大きく見渡そう・・・・心を空っぽにして空気を一杯吸って吐く・・・・・胸を張って、空を見上げて・・・・・
そうしたら、小さい、小さい何かかもしれないけど、心の中に飛び込んでくるものがあると思う
それをしっかり抱きしめて、1歩前に進んでみたら?
どんな状態にあっても、きっとあなたを守ってくれる・強くなれる・道が見えて来る・・・・きっと
そして、あなたらしい、あなたを見つけられると思うよ
何を恨むこともなく、誰のせいにするでもなく、逃げることなく、自分の意志を持ったあなたに、なれるよ
そして、ちょっぴり変わった自分を褒めてあげて・・・・笑顔で
そんな人がいっぱい増えたら、私利私欲の政治も変わって、国の未来も輝くんじゃないかな・・・・なんて、思うのはバカな私だけかも(笑)


1月31日(金)
 写真画像のUPもやっと解って、いろいろなデーター整理していたら、 なんと・なんと、 カウント数の所が、消えてしまった。
でも、心は穏やかなんだ・・・・・これでいいんだ・始めからこうすべきだったんだ・・・・・ってね(^^)
誰に見られようと、見られまと、どうでもいいの。
私が私を見つめてきた場所なんだから・・・・
私の生きた証と、今日を精一杯生きる姿勢と、明日を生きる希望をくれているのが、このHPなんだもの・・・・
私と一緒に生きてくれて、私が死を迎えれば、このHPも消える。
ただ見られている事は、意識して、絶対に人には迷惑をかけないようにするけど、私が自由なれる場所・・・・アイリスの世界・・・・・。
なんだか、とっても気が楽になった・・・・好きな時にUPして、好きな写真撮って、ページも一杯作って・・・・楽しみだ!
これから、なが〜い道のりだけど、ヨロシクね・・・・「アイリスさんの独り言」さん。


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