アイリスさんの独り言 2月 


<昨年のこの月は、手術待ちでした>


きさらぎは
一年前を思い出す

手術支度を始め
覚悟決め

庭を見て
世話できないと誤りし




やっぱり、文章が書きたい
短い文字に全ての心を載せられない
指は相変わらずだが、頑張ってみる
この気持ちは、元気になってきた証拠だと思って



約束の時間が、迫っていた
歩道の中央を、ゆっくりと進む背を丸め自転車カゴに荷物を入れて、ゆっくりと進む老人がいた
「すいません」と後ろから声をかけ、通り過ぎる車椅子の私
何だか傲慢な人になったようで、心苦しく、悲しかった
振り向けないまま頭を下げる
何かが違ってる・・・・・この世の中



近くの友人が訪ねてくれた
和菓子のお裾分けと可愛いチョコ・知り合いの自家製と言うみかん
彼女らしい、さりげない心づくし
情報をいっぱい持ってる彼女との会話は、歯切れよく楽しい
あっという間に時間が過ぎて帰られた
素敵な時間を過ごせた私は幸せ者



目が合うと、必ず挨拶してしまう私
今日は、許された距離を一人で歩行器歩き
自転車の人と目が合った
いつもの様に、ご挨拶
向こうも笑顔で返してくださった
その後に、「・・・、頑張って下さいね」の声
ビックリして、嬉しくって、胸が熱くなった
一瞬のすれ違い
もうお会いする事は無いだろうけど、忘れられない
また一つ強くなれた
ありがとう



リハビリの先生と力比べ
右はOK、左は完敗の足
左足は、少し運動のランクを下げる
「いつか追いつくよ」と、慰めながら



手が冷たいと、こたつで温める
いくら温めても、冷たさは変わらない
そっと、頬に手を当ててみた
暖かい
冷たいのに、本当は暖かい
この差をどうにもならないのは解っている
受け入れなければ



人の目が怖かった・・・あの時は
いろんな人に励まされて
今はもう何も気にせず出て行ける
笑顔で・・・
私も強くなったものだと思う
自分も褒めてげよう



近所の子供達の遊びの輪に声をかけた
「こんにちは、縄跳び?二十飛びもできる?」
子供が2人、飛んでくれた
「すごいね、頑張って」
通り過ぎる私に「さようなら」の声が追いかけた
ありがとう



少し疲れていたから、ベッドでラジオを聞いていた
いじめの後を描いた映画の紹介があった
「重松・・」聞いた事がある名前
「ゼツメツ少年」の著者?
ネットで調べたら、あった・・・重松 清
あの方が、こんな素敵な物を書いていらしたのを知らなかった
「ゼツメツ・・」も本としては凄く素敵な物だったけれど、なぜかひっかる事があって、手紙を書いた
だいぶ前の話
それが、偶然ラジオから流れた映画「十字架」の内容と名前
嬉しかった
子供の死はあるけれど、こんな重い課題を他の見方で書いていて下さった事
見にはけないけれど、内容は理解できた
素晴らしい映画になっている事だろう
何か、一つ肩の荷が降りたようで、感謝です



私は、本当にそそっかしい
そのせいで、人の時間を取ってしまった
周りは何も変わらずにいるけれど、何故か悔やまれる
良い人だったから・・・



忙しい親友が、なんとか時間を作って来てくれた
それも、お手製のサンドイッチを作って
何を話したか良く解らない程に、お喋りした・・・何時間も
気づいた時刻に大慌てで帰って行ったけど、すっごく嬉しかった
帰った後も、興奮してたみたい
こんな日があることが、私を元気にさせる
ありがとう



少し心が、辛くなった
そんな中、ふと、川の流れを思い出した
流れは、石にぶつかれば、分岐する
でも、そこで止まることなく流れて、本流にたどり着く
大きな流れに戻って、また流れて行く
私も、そうなれるだろう、きっと
一瞬の辛さだ
流れていよう



最近、「太った?」と、よく言われる
食べるものが、増えたわけでもないけれど、何故かな
リハビリの宿題と外歩きの距離が、増えたせいだろうか
それとも、疲れたと感じたら、横になるせいかな(前からそうだったけれど)
なんだか良く解らないけれど、41kgだったのが、改善されているなら嬉しい
体重オーバーは、ごめんだけどね(笑)



私は、手術後、自分で時を止めてしまった
妹がベッドにぶら下げてくれた腕時計も、一度も見なかった
時計を見なくても、それはそれで済んだし、私自身が救われていた
今も、その気持ちが、どこかに残っている
でも、ヘルパーさんやリハビり・看護師さんと関わりを持つようになって、時を取り戻した・・・曜日も
それは、人の時間を大切にしなければいけないと、気づいたから
でも、太陽で時を感じ、外ふく風や植物達で季節を感じているのも確かだし、楽しい
日にちは、大切な日を除いては、関心がない
それが、今の私の幸せの現状だ
しかし、これは大きな問題に引っかかると解った
認知症のチェツクに「今日は、何月の何日ですか?」が、入っている事
この答えには、未だ答えられない・・・消し去っているから
答えられないとしたら、もう手術後から、私は認知症と言われてしまうのか・・・
一瞬一瞬を生きている私には、根本的に昨日も明日もない
それしか、明るく生きられる術が無かった
それでも、何月何日を、しっかり頭に入れておくことが大切なのか?
判断には、必要なのだろう
ここでも、私の生き方は通用しないのか
なんだか悲しくなってくる
この世の中を生きて行くためには、自分を捨てなければいけない事が多すぎる





少し指を使いすぎたかな
腕と手が怒ったみたい
ごめんね、気を付けるから機嫌なおして・・・




内緒で、少し距離を延ばしての歩行器歩き
見たい景色が、目の前に
吸い込まれそうな真っ青な空が広がる
遠くには、雪をかぶった山並みも見えた
しばらく見とれて動けなかった
ずっと、そこに居たかった
何もかも忘れられる、この空間が好きだから



許可されている範囲内に、寝付いている方の家がある
ちょっと自信ができたから、寄ってみる事にする
上がれないし、すぐ帰るつもりだった
そうしたら何と、車椅子を上げたり下げたりする(う! 名前がでてこない)のが付いていた
私は乗せて、部屋の入口に
しっかり会えて、いっぱい話が出来た
元気で明るくなられた
同じような所で、心が通じる
帰りがけにカサブランカの花を頂いた
甘い香りが、家の中に漂う
良かった寄ってみて



門の所で、クチナシの鉢をいじっていた
ちょうど、この前、声を近所の女の子が一人で縄跳びをして来た
「縄跳びって、今、はやってるの」と声をかけた
反対側の道路から、右左確かめて、私の方に来てくれた
「学校で、家で練習しなさいと言われてるんです」とハキハキと答えてくれた
3年生である事、ダンス習ってたいたけど、今は塾になってしまった事、4年生はクラブに入る事・・・
いろいろ話してくれた・・・大きな目をキラキラさせて
すごく楽しかったし、嬉しかった
ただ、「入りたいクラブが、友達と、かぶったから、決めたの」の言葉には、戸惑っちゃったけれど
「かぶる」の言葉は、聞いた事があるけれど、ここで出てくるとは思わなかった
私って、遅れてるんだな・・・しっぱい・失敗(笑)



季節ごとに送られってくるフッションカタログがある
ずっと見る事もなかったけれど、急に見たくなった
どれも素敵!
これ欲しいな、買いたいけれど、去年は何を着ていたかな?
想いだそうとしても、思い出せない
去年の手帳を見てみた
2月・・・しっかり予定が詰まっている
いろいろ入院の準備と整理をしていたのが見て取れる
3月・・・入院と手術のメモだけ
洋服の事等、考える余裕がなかったのだ
春の装いを去年は準備しなかったし、着ることもなかった
何を着たかなんて、思い出せないはず・・・当たり前なのに、バカだな私は
何を着ようか考えられる今年は、幸せだ



「食べたい物はない?」と聞かれた
「う〜ん」と私
食べる事の大切さは良く解っているが、食べる事の楽しみを失っている
体の為に口に入れている感が強い
ドロドロ食と刻み食を経験してから、この感じが離れなくなっている
あの時を思えば、どれも幸せだと思うし、どれにも感謝している
ただ、用意した物を完食するのみ
下手に食べると、胃がやられてしまう
味わっていなくても、「少し太った?」の声が聴けるのだから、良いんだろうね(笑)



偶然、耳に入った水彩画教室の時の友人の事
まるっきり正反対の性格なのに、何故か気が合って、いろいろな所に出かけた
前に書いたと思うけれど、突然「友達やめようか」と言われた
私も自然に「良いよ」と答えた
これ以上、友達でいるときっと気まずくなることをお互い知っていたからだと思う
「元気に、お互いの道を行こうね」と、心でささやいてから、何年になるだろう
元気にしていると思っていたのに、脳こうそくで、倒れたと聞いた
彼女が、まさか・・・・・
何回電話しても、誰も出ない・・・不吉な予感
住所も解っていたから、手紙を出した・・・笑った彼女と絵、2人が写った写真を同封して
未だ、何の連絡もない
彼女の性格なら、会いたくないかもしれない
回復を祈るのみだ



一歩進むたびに景色が変わり、思いもよらない人に会える
外に出る喜びは言いようがない



また進み
腕の痛さも耐えるのみ

痛み止め
飲まぬと決めて時過ごす



出会った人に、手術の頃の話をした
いろいろな光景が、頭の中をよぎっていた
ふと、見せられた画像が止まって離れないまま帰宅
そして、今頃になって解った事が、一つ
私の頸椎後縦靭帯骨化症の骨化部分は、取れていない事
1cmある所が3mmほどの所がある事で、首の後ろから広げて、ボルトが入って、手術は成功
「また、前からも手術できるように、考えてある」の言葉を覚えている
「骨化部分を取るのは難しい」と、言う言葉も
どこかで、私が、思い込んでしまって、画像の中で、ボルトばかり見ていた様だ
この間の全体的な画像に、微かに見えた白い線
あれは、後方手術を選んだ時の残骸・・・骨化部分
もう一度、手術する時は、前方手術で、骨化した骨ごととる事を思い出した
なんで、今頃、思い出したのだろう
いろいろ辛かった時もあったから、想いださないように、何処かでブレーキが効いたのか
今なら、しっかり受け止められると、ブレーキが外れたのだろう
確かに最悪の状態は避けられたけれど、後遺症だけでなく、まだ、骨化した部分も残っている
また何時か暴れだすこともあるのだと自覚した
それも受け入れていけなければと思う
最悪がくるかどうか、わからないけれど、骨化部分とも友達にならなければ
今、気づかされた事に、感謝



なんだろう、不安がつのって止まらない
「ガンなのか?」と、不安になる人の様に・・・
明日は、ケアマネさんが、いらっしゃるから、相談してみよう
自分で自分を守れなくなることが、怖い



前のケアマネさんにも、口で言えない程に助けられたが、また、今のケアマネさんに救われた
月1回の介護予定表を届けて下さる日
思い切って、話してみた
「今は、MRIで、即判断できますよ」の一言と、「そのような症状は、ヘルパーから聞いていませんから、安心して」の言葉
そう、私は、認知症の初期を怖がっていた
今の病気の初診は、脳神経内科(フラッとした事から、かかった)
そこで最後の検査で、思いがけないこの病気が発見された
その時の画像を持って、今の先生の所へたどりついた
術後に、脳の画像を見て、「あなたは、認知症にはなりませんよ」と、言われた事も思い出してはいた
でも、なかなか言葉が出て来なかったりすると、不安になった
その上、今の認知症の対応の広がりを知らない人が、多いのも怖かった
気持ちと不安を話して、それなりの答えをもらえた
「そんな事で、眠れなかったなら、もっと早く来れば良かったですね」と、優しく言って下さった
ホットすると共に、一緒に、いろいろ考えて下さって、嬉しかった
この安心感は、お金では買えないもの
受けとめた言葉が、暖かった
この間は、傾聴を学んだ私が、看護師さんに傾聴してもらえたし、ありがたいことばかり
感謝です



バラの枝に新芽が動き出した
頬にあてる手は冷たいけれど、春は着々と近づいている



左手1本で、剣道4段(だったと思う・・以外な番組で見たから良く覚えていない)
事故に会って、片腕を失って、子供が剣道をやるのを見て、一緒に習うようになったとか
そこまでの道のりも、陰の努力も解らない
上段に構えてから打ちこむのは、大変だと聞いた
会社にも努めているし、子供達にも剣道を教えていると言う
「明日は、解らないから、思った事は、すぐに実行に移す。後悔しないように・・・」
胸を張って、構える姿が、神々しく見えた
片手だけで、道具も一人で時間をかけて付けている
私にもできるかな
あんなに心が強くなれるかな・・・・



手の感覚がなくても、車椅子競技で頑張っている人をテレビで見た
感覚はなくても、運動神経が残っていれば、目で補える
そう思っていた私には、驚きだった
目はボールや他の人のポジションを見ている
そんなことできるのかと、その人の手を追ってみた
確かに輪を回している
それも、手袋した手のひらでなく手の背で、うまくコントロールしている
手袋の、はめずらさも、口でカバーしてるのも見た
感覚がなくても、車椅子を漕げるんだ
どうやれば、できるんだろうか?
簡単な努力ではないと解るけれど、知ってみたい
リハビリの先生に、こんど話してみよう



毎朝の締め付けられるような手と腕の辛さに、起床時間が遅れている
徐々にウォーミングアップして動き出すのだが、全体が重いまま
外に出るようになってから、「手に感覚がないので・・」と、言う事が多くなった
「感覚のなさとは、こういうものだ」と、体に言われてる様な気がする
ごめんね、軽々しく口にして・・・
反省してるから、もう怒らないで、お願い



ヘルパーさんとのちょっとした会話は、楽しいし新しい発見がある
私の趣味と共通する物を持っている人、私の興味のあるものを実際にやっている人
みんな、それぞれの道を積み重ねて、今の仕事の上にある
だから、みんな優しいのかな
人としての生き方を、教えられる事も多い
身の回りの世話をしてもらうのが、申し訳ないと思う時もある
でも、私は一人ではできない事が多すぎる
この環境と人を与えられたことに感謝の言葉のみだ



明日は、小さなちいさな大冒険日
天気も、まずまずみたい
私の私らしい装いも決めた
おしゃれするつもりは無いけれど、納得のいくものを身に着ける事は、人前に出て行く上で私の心のバックアップだ
真っ直ぐ人の目を受け止められる自分でいたいから・・
万善の準備をしたから大丈夫だろう
でも、ちょっぴりドキドキ(^^;



天気は上々
看護師さんの朝一訪問の時に、着て行く洋服チェック
「お化粧しなくても良いよね?」「パルコに行くなら、してったほうがいいでしょ」
で、簡単にはたいて、唇に色を乗せた
何かが変わった・・・ほんの少しだけど
「十分気を付けてね」の言葉を受けて、約束の時間を待つ
CPのヘルパーさんは、約束時間より早く到着
タクシーは、時間通り
いざ出発と思ったら、車椅子が車のバックに入らない
普通だと入るそうだけれど、車椅子が大きすぎるみたいでシックハック!
結局、蓋が空かないように止めるのを出してくれて、何とかOK
帰りが困ったと言っていたら、「時間を言ってくれれば、迎えに行きますよ」の頼もしい言葉・・・甘えてしまった
何処に行ったのか、話さないとね
絵に気づいて下さったリハビリの先生が始まりなのだが、独りよがりで取っておくより、
ちゃんとした人に見てもらって、OKな物を置いておきたいと、前の水彩の先生に連絡
お忙しいのに家に来てくださって、絵を見て下さった
一枚も無いのを覚悟の上だったけれど、何枚かが残った
で、紹介されたお店に、額を選んでもらえるように、計画を立てていたのだ
ネットで見たお店の画像が、目の前に広がる
額も一杯 & 店員さんも丁寧で、心を込めて額を選んでくださる
私の絵の額が、次々と選ばれた
後日、郵送・マットお任せで、お勘定を済ませて、約束の場所へ急ぐ
少し遅れたけれど、ちゃんと待っていてくださったタクシー
何を話していたか、忘れた
ヘルパーさんにお礼を言って、「また、お願いします」と言ったのは覚えてる
2時間のお出かけは、私の体力では精一杯だった・・・もう少し余裕があるかと思ったんだけれど
でも、行ってこられた(^^)



何人かの介護のヘルパーさんや先生たちに、冒険の話はしてたから、「どうだった?」と聞かれた
いろいろな報告をした
私は私なのだが、どこか違う
シンデレラが、夢の様な時間を過ごした舞踏会が、現実に戻った様な感じ
何か見てはいけない夢を見て、目覚めた時のよう
行けた事に満足しているし、応援してくれた人達にも感謝しているけれど、何だろう・・この落差
体力も足の筋肉も着々と付いてきているけれど、手と腕は、どうしようもなく進んでる
希望を持っている反面、自分の物は納得のいくように整理している私がいる
額に入れた絵以外は、ほとんど自分の手で破った
「破るくらいなら、私に下さい」と、何人かのヘルパーさんに言われた
冗談に、「私が動けなくなったら、貰ってくれる?」と、言ってみた
「そんな時は来ない方が良いけれど、予約しま〜す」と、笑ってくれた人達
「絵を事務所に飾っても?」と言ってくださった先生もいる
これも冗談だと解っているが、私の絵に向き合ってくれた人達への感謝の冒険でもあった
これで、一つ整理できた
達成できた充実感と現実
早く、いつもの日常に戻さないと



重い・痛い・指がどこにあるか解らない
まだ、微かに感覚があったのだろう・・この前まで
何度、これが最高だと言い聞かせて来ただろうか
まだ終わりは来ていなかった
今まで、弱音をはきそうになった自分の弱さを笑いたくなる
そして、幸せだったとも思う
出来る事があったから
一つやるたびに、時間がかかり、症状に悩まされる
ここまで来るのか!
まだ先があるのか?
ぼーっとしてた私に、ヘルパーさんの声
「こんにちわ」・・笑顔も
いろいろ話しながらの大好きな介護の時間
一瞬、全てを忘れた
そう、どこまでが、この手と腕の最後なのか解らないけれど、付き合うしかない
助けて下さる方が、いらっしゃる以上、私がしっかりしなくてどうするの!
また、一からやりなおしだね(^^;
テレビの光と音を突然無くした女性の笑顔を思いだした
くじけてなんていられない・・・ファイト!



「朝が来た」は、毎朝楽しみに見ているけれど歌詞を追った事は無かった
夕方のラジオ番組で、歌が流れた
心に届く言葉が幾つも重なった
しっかり聞いてみたい
明日の歌を録音しようかな
それと歌詞をネットで検索してみようかな
入院する前に、好きなCDを録音して持って行ったように
止めた時の中に、いつも流していたように
時を止めて聞いていたくなった



大丈夫
何も変わっていない
ゆっくりゆっくりね
怖くないよ



「1年すれば落ち着く」と言われた手の痺れ
術後1年の総検査が、目の前なのに、何故、こんなにもひどくなったのか戸惑う
最後の駆け込みでもあるまいし・・・
何かするたびに、もつれる指
重く冷たい手
腕の締め付けと痛み
MRIの結果が良いと出ても悪いと出ても、私の口から飛び出す言葉は、「えっ!」の一言だろう
悪ければ、手術?
良ければ、この痺れの進行は何?
どちらであろうと、驚きの叫びが出てしまう
1年頑張れば、何かが変わると信じてきただけに、どちらの答えも怖い
手術すれば良くなるとか、症状が止まるとか言うのは、私には通用しないのか
これが、検査を目の前にした現実



心の絡まった糸は、自分でしか解けない
筋ジストロジーの詩人も書いている
その文字が、揺れた
やりようのない想いが重なったから
でも、この人に比べたら、私の絡みは少ない
もうすぐほどくからね



また、夢を見た
産まれた家に帰る夢
「この道を真っ直ぐに行けばいいんですよね」と、私が通りがかりの人に聞いていた
「いいえ、こっちからですよ」と、指さされた道を進む
険しい崖のふもとにいたいた父に、「ここを上がれば、すぐだ」と言われた
家があって、母の姿も見かけた
家に入ったら、手に釘のような細い小さな物が一杯ささっていて、一本づつ抜き始めた
そこへ祖母が来て、一緒に抜いてくれた
二人で黙々と
痛みも怖さも感じなかった
不思議な夢




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