
猫ちゃん達の事が一段落したら、7月
なぜか、私がテレビ局にメールしたとの噂は、すぐに広まったみたい
「同じ場所で、又産んだら?」「赤ちゃんは、どうするの?」の言葉に、反応し過ぎたかもしれないが、
野良猫のお母さんの避妊で、一つは解決
獣医さんにたどり着く前に、優しい助けや助言をもらった事は、嬉しかったし、
良き人に巡り会わされた事に感謝
赤ちゃん猫の貰い手を、あるサイトで探し始めたのは良いが、最初に入って来たメール2通にビックリ
XX団体の人からだが、虐待等の要注意人物が書かれていたし、渡すときに気を付ける事のメール
ネットでのメールを辞めたのは、返事を書ききれない事もあるが、
前に1度、苦い経験があったからなのだが・・
思い切って、顔の見えない人との猫ちゃん交渉
そこへもってきて、虐待目的で、欲しがっている人がいると思うと真剣になる
だから、体中の神経をとがらせてのメールのやりとり
二人の里親相手に大苦戦
あげくに、「絶対行きますから、写真の子取っておいてください」といいながら、1週間
結局、「やめます」の一言・・・かなりショックだった
運よく、待ってもらていた人に1匹もらわれていったのだが、もうそのサイトから抜けた
貰ってくれた人からは、嬉しそうな声で、「良い子ですね、名前を呼ぶと来るし、良く食べています」との連絡
ホットした & 気が抜けた
ご近所さんも、情が湧いて来たのか、「もう少し、こうしておく」との事
差し上げた我が家の使わないワンちゃんゲーシに普段は入っています
親猫がお乳をやりたくなる動作がご近所さんには解るようで、ゲージに入れたり出したり・・・
暇があるとゲージから子猫ちゃんを出して遊ばせてます
猫ちゃん嫌いな私は、ここで、いったん手を引く事に
私として、やることはやったしね
後は、ご近所さんの意志に任せる事にした
それにしても、良き人ので会いに恵まれたけれど、書き込みの怖さから逃げられて良かった
電話番号に行きつくまでに、相手知ろうとする事、判断力、決断力・・・疲れた
一度、苦い目に合ってるアイリスさんは、またまたメール嫌いになりそうだ(^^;
藻の合間に入っていくメダカを見て、もしかして、産卵したかと、藻を他の容器に移した
ヘルパーさんに、その話をしたら、「へェ〜」とのぞきこんだ
次の瞬間、「いますよ、小さいのが、可愛い」
「嘘でしょでしょ」と覗き込んだら、1匹見えた
その日は、最終的に4匹を確認
さて、どうしたものか?
昔、熱帯メダカは、うまくかえしたが、簡単そうなメダカの事は知らない
で、ネットで調べて・・・
目に見えるくらいだと、結構日にちが経っているとか
餌をあげないといけないみたいで、注文したけれど、届くのに時間がかかる
仕方ないから、親の餌を、細かく潰してやっている
食べているかは、解らないけれど・・・
こんな小さな命は、始めて見る
何とか、生きてくれますように・・・
赤ちゃん騒ぎで、嬉しいやら混乱するやら、私、大丈夫?
メダカの赤ちゃんを覗き込み過ぎたのか、首が・・・・(笑)
暑い!
去年の私は、どうしていたのかな?
外には出られなかったと思うから、あまり好きではないクーラーを付けて寝てたのかな・・・
今年の私は、顔に汗をかく質だから、汗が首にまで流れて止まらない
家に来る人達には、メダカの赤ちゃんが、ちゃんと数えられるのに、私には、なかなか見えない
何でかな?
取ってあった物が、いろいろ役立って、何とか世話はできるが、
赤ちゃん猫のご近所さんみたいに、「あれもやってやろう、これかな」等と、考えを巡らす
姿が見えないと、「だめだったのか」と不安になって、一生懸命探してしまう
で、また首が・・・
いささか、苦しくなって、数えるのを辞めた
簡単な水替えと細かくした餌をあげたら、探すのは辞めよう
生きていてくれれば幸いと思う事にした
「多すぎたら貰いますよ」と、リハビリの先生のお声かけもある事だし・・・・
そう思っても、小さな命の行方は頭から離れない
テレビで、バタフライガーデンの作り方を紹介していた
このチョウには、この花が良い・・・・
私の庭には、そんな花達は無いけれど、いろいろなチョウが飛んでくる
アゲハチョウ(これは近所のミカンの木で育っている)から始まって、
白・黄色のチョウ
シジミチョウ
瑠璃色の美しいチョウ
最近きている濃いオレンジ色のチョウは、何なんだろう
何に寄って来るのか解らないけれど、次々と嬉しいお客様だ
パープルセージやベコニア、マリーゴールド、ミントやレモンバームの小さな花のどれかが好きなのだろう
無農薬の庭に安心して、一休みしていくのかな
定位置の私のイスは、最高な瞬間を見出してくれる
貸し出し中の絵が帰って来て、季節が遅がけの紫陽花の絵が出張中
すっごく恥ずかしいのに、ついついリハビリの先生にのせられて・・・・・
じゃないな、褒められると嬉しくなってしまうのが本心だ(^^;
事務所に飾って下さる事に、感謝しつつ甘えている
いいのかな? 良いよね
真夏は、スッキリした絵を・・・
選んでいる私は、甘えすぎだね(^^;
「7秒の記憶」
前に見た事のある人の番組が、何か賞をもらったみたい
何かの事故で、記憶が7秒しか持たない人の紹介だった
他のテレビで、1日経って眠りにつくと、次の日目覚めると何も覚えていないの繰り返しの女性のドラマを見た事がある
ドラマだからこんな事があるのかと思いながら最終回まで見てしまった
前日に、忘れてはならない事は、腕にしメモしていたが、最後はそれを消されてしまった
ある人に書かれたメモで、違った道を歩んで行く
そんな感じだっただろうか・・・
本当に、そう言う人がいる事を知って、驚いた
どうやって生きていくの?
1日で無く、7秒の記憶なんて・・・考えられなかった
メモ帳が手放せなくて、話しながらも書く指は止まらない
書き留められたノートが、いっぱい積まれていた
まだ私には理解できない
7秒の一瞬を紡いで生きるなんて・・・
とんでもない努力と心の強さがなければ、やっていけないだろうに
それと家族や周りの理解も必然だ
完全に理解はできないでいるけれど、遠くから応援しています
手の感覚や痺れ・痛さ等は、全く変わっていないのに、心は元気だ
朝の辛さは、それなりに工夫して時を刻む
受け入れてしまうと言うか、心が元気だと、全ての事を忘れている毎日だ
こんなにも変われた自分に拍手! & 励ましてくださった方たちに感謝 _(__)_
もう、何が訪れても、しっかり立っていられる気がする
普通の人より少ないけれど、出来る事を武器に、前に進んで行こう
投票日か・・・
しっかりした意見を入れなければ
一瞬、投票場の中を思い出す
たくさんの人が、ぐるりと壁側を囲み、その視線の中を進まなければならない
前は、お医者さんでも、よく似た雰囲気で、真ん中を歩くのが嫌いだった
もう、そんな事は言わないけれど、押し車に手が不自由なのは、ちょっぴり心配
確か段差は無いと思うが、書くのが不安
ややっこし漢字は書けないし、かろうじで読める揺れる字は無効にならないだろうか?
ふと思った
車椅子の人用の高さの机はあったかな?
障害者にも優しい投票場か、しっかり見てこよう
外吹く風が変わっていく
介護の一環も、人が回っていく
頼るのはいいけれど、自分を委ねてはいけないと思った
何人かのヘルパーさんに会いたい
シフトから外れれば、会う事はかなわない
自分の立場を忘れていた様だ
自分の置かれた場所を意識しなければ・・・
一期一会の言葉が胸にしみる
2つの病院に、押し車で出かけた
看護婦さん達が、まずビックリ!
診察室に入ったら、「オ〜ッ」の一声
すっごく喜んでくださって、「頑張ったね、転ばないように気をつけて」と、言ってくださった
いつか一人でも行けるかな?
でも、ほんの少しの距離なのに、なんだか疲れた
まだまだだね
メダカの赤ちゃん10匹以上
なぜかヤマトヌマエビの赤ちゃん2匹
順調に育っています
メダカの寿命は1年とか
良い環境で育てれば長生きはするらしいけれど
2期目の子を残して、貰い手は決まっている
いくら沢山生まれても、川に流してはいけないメダカの規則がある
上手に孵して、私の飼える量を見極める
難しい所だが、自然の秩序を守り、私の体を考えれば、必要な事だろう
元気になればなるほど、見落とされることがある
それでなくとも、足の障害だけと思われがちだった
「元気そうね、良く歩けるようになったわね」の励ましの言葉は頂戴するが、手の不便さに気付く人は少ない
これは、昔からだから仕方ないと諦めたが、先日ヘルパーさんに時間だからと、食器洗いを残された
「これ誰がやるんですか?」、私しかいないのに・・・「ゆっくりやりますから」と、彼女を返した物の
時間内で仕事を残されたのは、今までで始めてだった
感覚のほとんどない手での食器洗いは、結構大変
これも、指の訓練の機会かと頑張ってみた物の疲れた
皆さん、なれてきたからと油断していた私が悪かったのだが、手の不自由さを補ってもらえるように時間配分をしなくては
手伝ってもらうのは私だけれど、気持ち良くやってもらうのは私にかかっている
お互いが、楽しく時を過ごさなくては・・・
長い付き合いの中、新しい人が入ってくると、カバーして欲しい本質が隠れてしまうのかもしれない
ヘルパーさんには感謝の言葉しかなかったのに、今日ちょっぴり考えさせられる日になってしまった
普通の人を普通とするなら、私は弱者だ
人の手を借りなければ生活できない
もっとひどい人を思えば、大したことは無いのだけれど
でも、弱者であっても、自分の誇りは捨てたくない
普通にできるように工夫も努力もする
立ちふさがるのは、体力だ
頑張ろうとすれば、どこかで力尽きて、寝込んでしまう
天秤の2つの皿の均衡を保つ術が解らない
大きな課題ができてしまった
盲と難聴を生きる
盲導犬が来てから、安心して外に出られるようになったと言う
盲の人が誰しも感じる事だろう
でも、彼には声が届かない
取材班が密着
歩いていると、人の優しい声も聞こえないまま通り過ぎてしまった
ホームで、ワンちゃんが、大きい方をしても気づかないまま進む
後で、取材の人に、その事を聞いて、謝りに
ワンちゃんの餌の時間・量をチェックしていないと、起こりうるとの事・・・これも彼の管理しなければならない事
最近、言う事を聞かない時があると、トレーナーに相談
いろいろ調べた結果、職場で他の人がワンちゃんを遊んであげている事行きつく
楽しい事が他の人とあると思ってしまうと、ワンちゃんの頭の中で、人の優先順位が変わってしまうのだとか
唯一の主人であるための努力も必要なようだ
一心同体になれる人と犬になるためには、訓練を終えただけではなく、それ以上に補い合う物が多そうだ
そんな中で仕事にも挑戦している彼を見ると、弱者であっても精神は強者を超えて勝者だ
弱者と言う言葉なくなると良いのにな〜
そう思う、もう一つの理由
ずっと黙っていたが、施設等に入りたくない気持ちを増し、弱者を考えさせられた日々が私にはある
病気入院の時は、励まされ感謝する日々だった
その後、退院前のリハビリ病棟(今は、名前が変わっているはず)での事
体が辛くて、訴えても何もしてもらえず、先生も呼んでもらえなかった
「体温一つでも測ってもらえないんですか」と、余分な事を言ったせいで、いろいろな事が起こった
「相談員の人を呼んでほしい」と言っても、「その方は、忙しいから呼べません」の一点張り
体が辛くて休む事の連絡も、入れてもらえなかった
この件は、むやみに休むはずが無いと、リハビリの先生が病室を訪ねてくれたことで、判明
食事は、最後まで、おかゆに刻み食(手を貸す時間を、はぶかれたよう)
食べていようと、全て残していようと関係なし・・等々
歩けなかった私には、どこにも現状を訴える場所がなく、密室でなく密棟だった
このままだと、リハビリをするために入っていても、体の方が持たないと早々の退院を決意
あの時程、なす術の無い自分が虚しく怒りを覚えた事はない
完全に取り残された弱者だった
だから、閉ざされた空間は嫌いだ
開かれた訪問介護の良さを、この後しみじみと感じ、感謝する事になったのだが
障害者施設での虐待をテレビが、あの日々を思い出させ、もうあのような場所に行きたくないと思わせた
今の幸せが続きますように
願ってはいけないのが、運命と知りながらも、ふっとそう思う今日の私は、完全に弱者かも(笑)
ローズマリーの木に、蝉の抜け殻を見つけた日、今年初めての蝉の声を聞いた
今日は、リハビリ散歩の時に、遠くの公園なのに、蝉の大合唱が聞こえた
公園の周りのお家では、どんなに大きい声か・・・
蝉は地上に出てから、すぐに死を迎える可哀想な昆虫と言われている
しかし、「蝉の命は長いよ」と聞いた事がある
地中に生命を受けてからの事を知っている子供の話だったと思う
そう考えれば、蝶にしても、綺麗に羽ばたくまでに時間がかかる
人間も、決して若い時だけが輝いているのではないのかもしれない
人生の終わりに、渋くそれでも穏やかな輝きを持って羽ばたける人がいるのかも
忙しい中、飛んできてくれた親友と、お互いの愚痴をいっぱい話してるうちに、笑いだしてしまった
考えたら、どうしようもなことだし、頭から放したら、いとも簡単に飛んで行ってしまうことばかり
「今日は、何だか離したくないわ」、「ダメダメ、今からお婆ちゃんの病院・・」
たわいのない我が儘を言ってみた・・・軽くかわしてくれることを知っているから
彼女も、いっぱい抱え込んでいる
悩みは違うが、解りあえる努力は怠らない
嬉しい時が過ぎた
また手に青あざだ
庭いじりしてたから、何処かでぶつけたかな
先日は、ハサミを持って出た後、切り傷を見つけた
痛さを、ほとんど感じないから、結構こう言う事が起きる
大した事は無いけれど、あざが消えないと、ヘルパーさんに見つけられて恥ずかしい
小さな小さな庭仕事なのに、オッチョコチョイなんだよね、私
小さなバッタが飛び出したり、蜂が肩に止まったり、蝶が目の前に飛んできて、楽しい一時
転ばない限り、何があっても、外せない時間だ
もう4回目かな、この方にテレビで出会うのは・・・
元FC岐阜の社長ALS発症の恩田さん
最初に出会った時の前向きな社長としての姿勢・車椅子で応援者に毎回握手・笑顔が明るく素敵だった
一度で、ファンになってしまった
症状が進む中、今回の出会い
新しい会社を作っていると言う
大学の後輩が秘書役で、恩田さんの横に立つ
言葉さえも、聞き分けて、しっかりと寄り添える人がいるのは、さぞ心強い事だろう
「頑張ってはいない。好きな事をやっているだけ」
その言葉と笑顔は、いかにも楽しそう
講演会も行っているそうだ
ここまで症状が悪化する事を踏まえて、録音しておいたものが、あるとも言う
あんな風に穏やかに、自分の未来を受け止められるなんて・・・
ALSを病んでいる数人の人も何度もテレビで再会している私だけれど、心の苦しみ一かけらさえ見せないのは彼だけだ
症状の進み具合が違うと言えばそれまでだが、表情が出せなくなっても、彼は、きっとあのままの心だと思う
そうあって欲しいと思う
動かなくなっていく体のALSの人々
まだ、動きを許されている私
自分らしく楽しく生きなければ・・・
楽しい笑顔を風に流したい
私に会うのが嬉しくなる子ができた
だいぶ前から書いている子だけれど、今は、会えるのを待っている
まん丸な目に、ぽっちゃり顔
喋りだすと、笑顔がはじけそう
観察力も想像力もあって興味津々、周りの雰囲気も読める子で、すっごく純心・しっかりしている
(これだけの子だから、傷つくことも多々あるのではと少々心配)
小4の女の子・・・一人っ子
一人の時は、少し寂しそうだけれど、声をかけると、顔がパット変わる
私のアンとは違うけれど、どこか心惹かれる所が多い
話をしていても、話題が尽きない子供が、こんな所にいただなんて、思いもしなかった
よそのお子さんだから、余分な事はできないけれど、話しているだけで嬉しくなる
この間、ついつい、大きな巻貝を1つあげてしまった
「寂しい時に耳に当てると、波の音が聞こえるよ」と渡した
「おばあちゃんの所にも大きいのがあるよ」と、言って暫く何かしてたら、「聞こえた!」と、笑って帰って行った
孫の年代だけれど、会えるのを楽しみにしている私(^^)
私の庭には、毒草が3種ある
親友と私の秘密の楽しみの
使われることはないし、一種の笑い話になるような事なのだが、いっぱい増やす事が二人の夢
この種にして、楚々として咲く花の姿に、二人して楽しんでいる
ヘルパーさん達に、いろいろな事を教わる事が多い
私の知らない趣味の事、知らない地方の話、食べ物の話等々
いろいろな経験をしている人の多さにビックリ!
私のしらない世界が広がる介護の時間
外から吹き込む風は、テレビとは違う世界を、人から人へと吹き込んでくれる
感謝
永六輔さんが、逝かれた
最後に残された未完成の詩を加藤登紀子さんが、曲をつけて歌われた
苦しさには、耐えられる
・・・・・には、耐えられる
・・・・・には、耐えられる
・
・
虚しさを耐えられるのは、友達 あなた 戦う心
全部、覚えられなかった記憶力を、残念に思うけれど、ジーンときた
人は虚しさに負けそうになるものなのかと思ったら、安心もした
そして、最後の言葉、「戦う心」に行きつく
それを又、楽しめるようになったら最高だろう
戦う心が穏やかな流れの中で逝かれたのだろうと思う
出来れば、完成した詩を見て見たかった
安らかに・・・・
相次いで、大橋巨泉さんが亡くなった
二人の遺影を前に、黒柳徹子さんが、「次は、私かしら」と言われたと聞いた
大橋さんのファンではないけれど、時代の流れを駆け抜けて行った人達の訃報は、何か寂しい
やはり、私も歳をとったのだろう
それなりの信念を貫いてきた人たちの想いを、若い人たちが受け継いでくれると良いのだが
田んぼの真ん中に立つ
50cm以上に伸びた稲の葉
一面に爽やかな緑が広がる
その風景を目に焼き付けて、そっと閉じる
地上に立っている事さえ忘れて、風に乗る
微かに流れる香りも気持ち良い
あ〜、私は何て素敵な一瞬を過ごしているのだろう
自然と一体になれるのが嬉しい日
夕方の水やりは、私のお仕事(リハビリ)だ
この季節、日中の暑さで、しおれ気味な植物が、待ってましたとばかりに笑顔になる
徐々に元気づいて行くのは、後のお楽しみなのだけれど
最後に、空中にホースを向ける
庭全体がシャワーを浴びて、風に吹かれて、私にも気持ち良い霧が・・・
朝日に虹を見たのは、いつだっけ
見たいけれど、朝の私は、ベッド脇から離れられない
家に入ると、大量の水に驚いたのか、網戸にカナブン等の昆虫が避難している
今日は、小型の蝉(何蝉なのかは?)
一生懸命足を動かして、お腹丸出しで、しがみ付いていた
家の中に吹き込む風も冷たい湿りを持って気持ち良い
私しか知らない秘密の時間
干からびた田んぼに、用水路の水が入った
休墾田にも水が入って、鳥たちが集まっている
カモの子を、1羽見つけた
私が知ってるのは、親カモコガマが、泳いでいる姿だけれど、今年は違う
すぐに消えたから、どこかに仲間がるのかな
千鳥ではないけれど、よく似た鳥ガ、気配を感じて飛びだった
静かに静かに気配を消す
突然現れた、沼地に鳥達が、再び吸い寄せられる
持って生まれた物なのだろうか・・・生き延びるための鋭い感は
少し離れた所には、シラサギが一羽
まじかに見える、この自然が消えないで欲しい
たたずむのは、私一人
大きなキャンバスを、独り占め
できない事は無いと試みるが、物を落としたり、こぼしたりする事が、多くなった
これも、気の緩みと気持ちを引き締める
録画しておいたテレビに夢中になりすぎて、手元を忘れるのだろう
物事、一度に1つが私の原則なのに、慣れて来ると、すぐに忘れる
困ったものだ
それにしても、季節が変わって、新しい連続ドラマを期待したのに、何故か韓ドラばかりに引きつけられる
連続ドラマ以外は、見たいと思う物が一杯あるのに・・・
でも、「ととねいちゃん」だけは、ベッドで毎朝見てる
日曜美術館でも紹介された表紙の絵は、興味をそそられるし、本が出来上がっていく楽しみもある
日本は、俳優が多すぎて、かえってドラマ作りが大変なのかな〜
放送期間・入れ替わりが速すぎるのだろうか・・・
特別ドラマは、見ごたえ十分で、不思議な想いを残してくれるのに・・・
結局は、私の好みに合うかどうかの我が儘に過ぎないのだが(笑)
ただ一作、気になっている連続ドラマが、あるにはある
2話目からの展開と、あの人が、ドラマをどう演じて行くのか見どころ・・・
もしかしたら、素敵なドラマにであえるかのかも・・・・ドキドキ
スマホ・ポケモンゴーが、外国で大変になっている事は知っていた
日本での、開始を心配していたけれど、やはり、いろいろな問題が起きている
ゲームをやらない私でさえ面白そう
普通のゲーム好きな人が飛びつくのは、当然のことだと思う
発売最初の日、ある公園に出没をゲットする為の人々と、納涼祭りが重なっていた
異常な状態に、マイクで注意を促す声
あそこまでくると、ただの趣味のゲームとして度が過ぎる
立ち入禁止区域にも入ったり、自転車で夢中でやっていて赤切符切られた人も
探し出すためには、どこにでも追いかける行動は、やはり変だ
ゲームは、人が使う物、ゲームに使われる人になってはいけないと思うのだが・・・
しかし、近所の子にチラッと聞いたら、以外と冷静
あんなことやってるより、外で思いっきり遊んだほうが楽しいのに・・・とか
安心した
親や、先生の話をしっかり聞ける年齢は、友達との外遊びに夢中だ
どこで、こんな純粋な気持ちが、切り替わってしまうのだろう?
ロッククライミングの練習(?)で、文化財の石に金具を打ち付けた事件もそうだ
いろいろな人が、いろいろな趣味を持つことは良い事だけれど、人としてのマナーだけは、守って欲しい
友達になったお子さん2人と、しおり作りの一時を過ごす
前に、ラベンダーやミントなどを切ってあげたら、押し花にしたのだそうだ
元気な頃に買ってあった押し花用のハガキがあったので、それを利用して、押し花を置く
後は、パンチで穴を開けて、リボンを通すだけ
2人を見ていて、ビックリ
簡単に説明したら、一人は、「花の絵を描いて来る」と飛び出して行った
どうするのかと思ったら、ミントの押し葉を花の横に散らすのだと言う
もう一人は、ラベンダーの枝をいろいろ切って、どうおこうか考えている
発想の面白い子、繊細さにこだわる子
いろいろな面を見せてくれて、ワクワクドキドキの楽しい一時
ありがとう
でも、この辺にしておかないとね(^^;
「猫のしっぽ カエルの手」
この題名は、前から知っていたけれど、「変なの!」 & 「猫!」で、見ようともしなかった
それがそれが、ハーブに多いに関係していたとは・・・
外国から移り住んで、日本の古きものをこよなく愛すベニシアさんの話をヘルパーさんから聞いた
そして、妙な題名の番組で、いろいろな事を紹介している事も
日本人より日本人らしい暮らしぶり
ハーブが、食卓に色を添え、生活を潤している
気づかない所に、隠れていた宝物を探し出した気分
楽しみな番組が、一つ増えた(^^)
悲惨な事件が起きた
考えたくもないヒットラーの姿が浮かんだ
狂っている世の中でもないのに、整然として言葉にした数々の文字
正義さえも感じているかのような微かな笑い顔
確かに、知的障碍者への完全なる理解がなされているとは言えない
無視する人はいるかもしれないが、あのような言動に及ぶ人はいないだろう・・・普通なら
どこから、そんな思考が生まれてきたのか、過程を知りたい
(こんな悪魔のささやきは、持って生まれた物ではないと言って欲しいから)
人を人と見ないような思考が、2度と生まれないでほしい
尿検査で大麻が見つかったのなら、その追求と共に、時間をとって、
考え方の変化を確かめていれば、あの悲惨な事件は起こらなかったのでは・・・
組織の落とし穴?
名指しにされていた施設名、実際の行動予告もされていたのに・・・
弱い者は、なにかと後回しにされ、見過ごされる
なす術もなく逝き、震えていた人々を思うと、自分の事の様に胸が痛む
人として生まれ人として、誰でも平等に生きられる日は、来るのだろうか
メダカの容器が、3つになった
親メダカの水槽
大きめの子メダカ6匹と、小さな子メダカ10匹以上のプラ水槽2つ
ただの点のような赤ちゃんが、次々と孵って、小さい方もしっかり確認できるようになった
ぶつかったり、追いかけまわしたり、いろいろやってくれる
悠々と泳ぐ親メダカとは違って、ヤンチャ盛り・食べ盛り
その上、残った餌は食べてはくれない・・・贅沢なんだから
食べ残しをスポイトで取り出して、水の追加&餌やり
指の良い運動になる
可愛いし、見てるのも楽しい
エビちゃんは1匹になってしまったが、メダカの赤ちゃんに脱落者はいない
なんとか、みんな元気に大きくなって欲しいな
毎朝の辛さには、慣れているが、昨日は何時もと違った
沈み込む体は限りなく、鉛のような手
時間が過ぎても、戻らない
何回か経験してはいるから、もう、慌てはしない
それより、こう言う日の為にやっている事を欠かさなかった自分を褒めてやる
ベッドの横には、朝に必要な物は、全て揃えてあるし、飲み物や軽食・・・等々も
もちろん、トイレも
これは、周りの家具の一部として、いつも存在しているけれど、寝る前の運動に加えて、片付けが欠かせない
毎日、外吹く人々が、気持ち良く・働きやすく過ごしてもらうためだ
全て、もとあった場所に戻し、明日の準備を整える
(入浴時に必要な物・着替え等)
そこまでしておけば、朝の時間が遅れても、誰にも迷惑をかける事は無い
(「できることは自分でする」・・・私の信念の一環だ)
それでも昨日は、バナナ1本と薬で、精一杯だった
後は、ウツラウツラと時が過ぎた
体を横たえておくしかない・・・体力の限界症だから(経験から、自分で名付けた(笑)
最近、少し走り過ぎていた上に、前日やる事が重なったせいだろう
結局、夕方の花の水やりも頼むことに
「眠れる森の美女 症候群」を患っている女性のドキュメントを見た事が、ある
今回の私も一日に何度も、浅い眠りが、時を飛ばしてしまう
(彼女とは、症状が明らかに違うが・・・・)
気付くと、体が沈んだまま動かない
頭だけが働きだす
重症なALSの患者のよう
こんな瞬間が、いつもでは、たまらないだろうと思いつつ、そっと目を開ける
目だけ動かしてみる
見える幸せを感じながら・・
ゆっくりと手を動かし、胸に置く
膝も少しづつ曲げてみる
ゆっくり、工夫しながら、ベッドに座る
大丈夫だ・・動ける
これが毎朝の私だが、一日に何度も眠りについてしまう最近は大変だ
退院時、40kg が46kgにまで戻ったのに、もともと体力の無かった私には、力が出ないのかな〜
早いな、もう7月が終わる
ウナギをしっかり食べたし、8月は、ちゃんと乗り越えられますように・・・
と、言いたいが、少し胃等の検査を受けたら、問題点が3か所
病院とは縁が切れそうにもない
余分な事は、極力避けなければ(笑)