![]()
アイリスさんの独り言 7月 ![]()
![]()
![]() |
疲れで倒れたのか、強い痺れが先だったのかは、定かではない
なにしろ、5日程、ほとんど食べていなかった
「救急車を呼ぼうか」と言う私に、「先生たちが一杯だと、他の病院に回されちゃうから」と、看護師さん
助手席のシートを倒して、看護師さんに見送られて、整形の主治医の先生がいらっしゃるXX病院に向かったのを覚えている
主治医の先生は無理だとは思ったけれど、整形受付へ
どの先生にも空きがなく、全員が午後からの手術を抱えているから無理だとの事
整形を諦めて、何も食べてないしフラフラだったから、内科に回って、そのまま入院
入院見通しは3日と、うつらうつら耳にした
病院にいられるだけで、安心したのか、どんどん眠りに中へ
点滴をされながら、今度は入院見通し2週間の声が???
意識がはっきりして来て、看護師さんから、「担当医は整形の主治医の先生ですよ」と聞いた
えっ、どこで変わったの
次の日、外来整形で呼ばれて、主治医の先生と話ができた
先生の顔を見たら、ホッとして涙が出そうになった
何を話したかも覚えてないけれど、その後も眠りに・・・
驚くような痺れは、収まったものの、左手は動かせると言えば動かせるが、痛さや痺れで動かせない
膝から下の痺れで、歩行がままならない
大きな点滴は栄養剤だろうし、「小さいのは痛みと痺れのため」と、看護師さんは言っていたけれど、痺れの薬はないから、血流をよくするものなのだろう
窓から見える、こんもりとした木々の群れが懐かしい・・・3度目の入院だから
ぼおーっとしながら、朝・昼・晩と変わる景色を見ていると、心が落ち着いた
痺れへの不安も痛みへの恐怖も、自分の体の中におこっている事も、受け入れるしかなかったっし、孤独感もない
ただ、無心で自然の中にいたかった
しばらくして、食欲が出、元気が出て来たこともあるのだろう
森以外にも目が行くようになってきた
朝早く、ランニングしている人の走りがみな違う
夕方になるとカラスたちが、目の前の森に帰らず、他の方向に群れになって飛んでいくのが不思議だった
夜の夜景も、「あの高い所のは、飛行機がぶつからないため」とか、「緊急着陸の屋上にもついてるのよ」と、看護師さんの話を聞く余裕も出て来た
そんな日々が続いた
そんな中、ふと遺言を変更したことを、子供たちに伝えたくて、「会いたい」とメールした
今、考えれば、そんな事は何時でも良かったと思う
一生懸命否定してもメールで書いた「会いたい」が、本当の気持ち
2人に会って、どんなに嬉しかったか、元気になったか、現実を歩く勇気を貰えたか・・・
本当にほんとうに、会いたかったのだ
その後、車椅子で2日間のリハビリ・・・大好きだった前の先生の指導を受けた
「手術後の回診はあるけれど、あなたの場合はないの。でも、明日は先生とのお話が入っていますよ」
この言葉で決めた・・・退院を
リハビりの先生も「ここにいるより家で少しづつ動く方が、あなたには良いでしょう」と、言って下さっていたし、体力も付いた
今度は、いろいろな物に目をつぶって、ゆっくり回復して行けばいい
リハビリを受けるだけの病棟はあるけれど、結局は1日の大半はベッドの上
私には合わない
次の日、全身のMRIが、午前中に入った
夕方、なんと言って下さるかちょっぴり不安なまま、主治医の先生と面談
痺れの原因が他にあるかもしれないと撮って下さったMRIは、全身異常なし
「どこにも詰まった場所がない」と、言う事だろう
輪切りの頸椎の画像を見せて下さった
白い所が神経の死んだ所で、黒い所は正常な神経
下肢に繋がっていく神経は白い所が意外と少ないが、上肢の神経の方は、白い所が一杯だった
それに正常な神経も人より歳をとるのが早いのだそうだ
だから、年とった神経は消えていく・・・のだろう
医学的には、その説明が未だ良く解らない
先生も手におえない患者だと思ってらしたと思う
時々起こる症状でビックリするが、前より一段不自由になっていくことは解る気がする
ALSの患者さんには、遠い物だけれど、「止める事も出来づにどんどんひどくなる」は、よく似ている
それをいかにリハビリでカバーするかが決めて
そして、また倒れる・・・そんな繰り返しをして、私の四肢はどこへ行くのだろう
考えても仕方ないから辞めよう
「内科にかかってくれたことは正解だった。血液検査も、して貰えたし」
「僕が手一杯でも、他の先生に見るよう、ちゃんと連絡をいれておくから、自分でおかしいと思ったら何時でも来れば良い」と、言って下さった
本当なら、「痺れ」で入院などできないはずだ
手術は終わっているし、痺れはどうしようもないから
それを承知で言って下さる言葉が、嬉しかった
「何時、退院にします?」
「明日でも良いですか?」
「明日にしましょう」
お礼を言って、帰らなければと思ったら、「何号室?」と先生が車椅子を押してくださった
看護師さんが、慌てて飛んできて、変わったけれど
なんだか、また心が暖かくなった
後で、ケアマネさんから、「慌てて、看護師さんから電話が入ったのよ」と、言われた
夕方、「明日、退院」と、なれば、みんな慌てるよね
前の退院と同じだけれど、今回は胸を張っての退院
でも、体力の無さと痛みに加えての痺れを抱えての退院だ
誰に体の状態が解らなくとも、自分で自分の体を管理しなければ
私には、一番難しい事かもしれないけれど
家での療養がどこまで続くか解らないが、又増えた不便さを「想像」と「工夫」で「行動」していく・・・ゆっくりと
入院中、車椅子で検査に行く時に「愛されたい」と叫んでいた、まだまだ若い看護師さん
「なんでも話せる気がして・・・」と、その言葉の意味を話してくれた
男性の弱さと言うか、こちらに頼ってくるのが嫌で自分から別れたとか
「この頃の男性は頼りがいが無い」の意見は一致
その後も、時間に余裕があると、いろいろ話しをした
いい歳のお婆さんが、若い子の恋愛相談にのるなんて・・・(^^;
マスクをしてるから全体は解らないけれど、色が白くてかわいい子
明日、退院と決まった日、抱きしめて、「お婆ちゃんの愛だけど、一杯上げるね」と、背中をさすってあげた
「必ず良い人に出会うわよ」で別れた
一期一会とは、まさにこの事だ
もう、逢えるはずのない人
一瞬の心の通い
私には、こう言う人達がたくさんいる
そんな人の流れが、心を温かくしてくれて、励みに変わる
この出会いにも感謝
<今の体調>
症状は、頸椎後縦靭帯骨化症の後遺症による「痺れ」と「痛み」
「痺れ」を押さえるものはないが、「痛み」を押さえるために、「リリカ」1日175mgに、血流を良くする薬2種を服用
「動き」の神経は無事だから、四肢共に動かせる
が、左腕は「痛み」と「痺れ」で動かせない
両膝は、痺れで、うまく歩けない
足も手も「痺れ」があるが、特に手は「痺れ」がひどく、握力0が出てしまった
目で追えば、なんとかいろいろなことができるけれど、目を離した瞬間、手の感覚は役に立たない
手で掴んでいるはずのハサミさえ、何も感じない物になってしまう
指に指が絡み合っても解らないで、作業ができない
「感覚がない」と、何度も書いた気がするが、書くたびにひどくなって、今度の酷さ
でも、見方を変えてみれば、手の感覚は、微かに微かに薄い皮膚に残っている
感覚の0は、まだ先のようだ
手術した首はよくこるし、肩も痛い
その上、前の2つくついた圧迫骨折が、背中を丸くする原因を起こし始めている
必死で、背筋を正してはいるけれど、時々痛みを感じるのは、自然に反しているからだろうか
どれもこれも、人からは解らない・・話せば元気だし、座っていれば、ただの人だ
1日の食事は、入院している時に、栄養士さんを呼んでもらって、助言をもらい、バランスよく食べているつもり
痛みや体が疲れを呼ぶから、まだベッドにいる時の方が多い
でも、そろそろ痛みを覚悟して、少しづつ動かさなくては
元気なアイリスさんは、目の前かな(^^)
とは言っても、この暑さ
冷房にどっぷりつかっているから、散歩も庭いじりもできない
自主リハビリ頑張りま〜す
<メダカ事件>
入院する前、目の前に置いた水槽の3年目の子達がおかしいと思ったのだけれど、すぐに処置できなかった
次に見た時は、時すでに遅しで、何とか生き延びた黒メダカ3匹を外の水槽に移した
退院してから、1匹死んでると聞いた
夕方、肩を借りて、外のメダカを見に行ったら、ほとんどが死んでいる
水槽の水をかいでも臭いは悪くない
水温も少し高いだけ
共食いしたような跡があって、皆痩せている
メダカの数より餌が少なかったのか
結局、黒メダカ1匹と楊貴妃1匹を救出
ホテイアオイには卵が
昔、熱帯魚をやっていた時の物を持ち出して、手伝ってもらいながら、完全水槽を2つ作った
黒メダカは、どこでどうなったのか、フグと言うかだるまメダカみたいになってしまっていた
グリー水のできあがりと、メダカが孵るのが同時
今、10匹くらいいるらしいけれど、あまり気にすると首が痛くなるので、「頑張ってね」とほかりっぱなし
2つの水槽も、準備さえすれば、手間はかからないから安心だ
すさまじい暑さが来る前のメダカのお話
忙し中、親友がマックを持って来てくれた
今日は、今風の結いかたで、一つにまとめて、夏風で涼しそう
入院の事、メダカの報告
入院中に聞いた、嬉しい言葉等も
「よかったね」と、一緒に喜んでくれた
彼女の新しいパート先の事や、ご主人の行きすぎる程の熱帯魚の事
後は、私のお喋りの方が多かったかも
猛烈な暑さの中で、クーラーをつけて、話は白熱
やっぱり、黒メダカのまん丸お腹の子を見て、びっくりしていた
ご主人の水槽の画像を見せてくれたが、いかに凝っているかが見て取れた
水草が素敵に植えられ、自分で形を切ったと言う岩にも苔が
これを保つのは大変なことだと、わかる
「この水槽を見たら、仕方ないわね」と、二人で納得
また会える日を楽しみに、楽しい午後が終わった
後で、子メダカの時に30度くらいの温水で丸メダカができる事を思い出した
もしかしたら、水温の高さと何かが加わって、変形したのかもしれない

いつまでもパジャマを着ているわけにはいかないと、「床上げ」をした
洋服を着ると、なんだかシャントするから面白い
だからと言って庭に出る訳でもなく、外に出るでもない
メダカの餌やりと、始めて花を咲かせてくれたエアープランツの霧吹き
多肉植物は、指がうまく動かないから、暫く様子見だ
後は、好きなテレビの録画を見る事
そして、気が向くとこうやって、指一本でキーボードを打っている
好きな事をやっていると痛みや痺れを一時忘れられる
今の悩み
まん丸メダカが、他のメダカをいじめて、餌を食べさしてやらない事
餌を、うまくまいてやっているつもりだが、痩せ細っている
結局、3匹が死んだ
どうしたら良いのか
この暑さの中こんな事を考えているのは、災害にあった人を思えば超幸せなのだが・・・
申し訳ないほどに
ここへ書くことで、私の心の均衡が保たれて行く
痛さも辛さも不便さも吸いこまれて泡になる
それでいい、それで良いと言い聞かす
東日本災害が、まだまだ忘れられないのに、次々におこる災害
爪痕が消えないままに、自然は他の場所で襲いかかる
テレビでの放映は、目をつぶりたい物があった
そして、今、西日本での災害で猛暑の中、復興活動が進んでいる
猛烈な雨がもたらした川の氾濫や山崩れ
植林がなされずにいたのでもないし、まさかの川の流れの変化
人は動物の中で、力の強い物でないけれど、知恵を持っている事で、地球を制覇してきた
一部の人達は、おごり過ぎたのではないだろうか
自然を恐れることなく、いろいろな研究が進み、その結果、地球を取り巻く自然を犯し過ぎた
地球温暖化が、その良い例だ
おのおのが、気を付けて行こうとしても、より良い生活を経験した物にレベルを落とせない
その生活を支える企業も止まらない
国家政策も進まないし、原爆経験の唯一の国が原子炉を幾つも持っているなんて、相反している現状だ
そんな中での今年の気候・・・いくつもの熱帯低気圧の発生
自然災害でもあり人災であることを、もっと意識しなければ、今年のような続くのでは
そうならない事を願うしかない
被害にあわれた方たちが、早く立ち直れますよう
皆さん、助けてあげて下さい・・・国も、もっと動いてください
「こんな私には、何ができるのだろうか」と、思いつつ
退院して、始めて庭に出た
あまりの庭の変わりように、悲しくなっていた
枯れた枝だけでも切りたくて、ハサミを
うまく切れない
それでもやっと上のほうだけでも切り捨てた
もう上の方は辞めようと、足を動かした時、体が揺れた
倒れる時に衝撃を受けない受け身の様に転ぶから、たいしたけがはない
ただ、今回はこしを少し打った
でも、少しだけでも庭が変わった
水やりは、今は私の仕事ではない
どうしようもない
庭に少し出ただけで、体全体が前の様でないと感じた
もう、私の手を離れていくのだろうか
ちょっぴり辛いけど、なんか工夫してみよう
まん丸メダカは結局、死んでしまいました
それも、お腹の丸さは半分になって・・・
浮き草を見てみたら、卵がチラリ
浮き草は、すぐに水槽に移したのですが、このメダカをどうしたらいいか悩みました
お腹には、まだ卵があるし・・・
私は残虐なのでしょうか
生きる命があるならばと、卵を取り出したんです
それも、水槽に入れてやりました
現在、2匹の小さなちいさなメダカが泳いでいます
取り出した子とは限りませんが、私のしたことは、やはり残酷ですよね
これから孵ってくる子もむ含め大切に育ててやります
許してね
今度の台風は、気を付けないとと、私なりに準備したが、この辺りはは、大したことはなかった
東から西へと進む台風は珍しい
割れた高気圧と冷たい何かの間に滑り込んで、上昇しこの形にったらしい
もう少し、気象の知識があればと思うが、いまだ良く解らない
ある局で、海水の水温を、船をを出して測ったら24度だったかな
「生ぬるい」と話していた
海水は温度が高くなると膨張して水位を上げるそうだ
そこで、あおられると高潮が襲い掛かる事になる
「これか先が恐ろしい」、「こういう予想のつかなない物もでてくるでしょう」の声
海水を温めてきてしまったのは、自分たちだと言う人はいなかった
これから先、人類を滅ぼすのは人類だろう
自然だけだけでなく、ロボットに色々教えていくと、人の手を離れ自分で考える事ができるものがすでにいる
科学者の喜びはは、またその上を考える
人類の進歩は果てしない物を追いかけ、やがて滅びる糸口を見つけなければいいのだが
アインシュタインの脳が、まだこの時代に残っている事を、テレビで知った
順番を付けて、小さく分けられ、ある種の人が持っていると言う
アインシュタインの家族から研究につかわれればと
第1代目は、各部に番号をつけ、一部を有名な研究者に送ったと言う
第2代目は、秘密に持っていたと言う
そこへ日本人が分けられた一部を見つけて持って行く・・・そんな内容だった
もうその人も、それらの脳を、預けられる大きな研究機関を模索しているとか
科学者の中には、持っている事だけで満足している人もいそうな雰囲気
色々組み立てていくと、脳の大きいさは、私たちよリ大きく、20代の方がより大きかったようだ
そして、前頭葉も、おおきかったらしい
どの部分か忘れたが、普通の人は3つしかない所が4つあったとか
でもかの天才は、脳を切り刻まれ、まだこの時代にある事をどう思っているだろう
あの顔で笑っているだろうか

結局、家の中で飼っていた楊貴妃メダカと残った1匹を、この水槽に入れました
指がうまくいかないので雑ですし、水草が乱れてきています
下用の水草は面倒なので、ビー玉
人が何と言おうと、今の私は、大満足(^^;
やっと収まって来た
ベッドの上に横たわって、大の字になる
何故か、涙が一筋流れた
いつも夕食の前に薬が切れ始めて、それを感じながら夕食を済ませて、痛み止めと血流をよくする薬を飲むが日課だった
今日は、何時もの時間より薬が切れるのが早かったようだ
辛くて、腕を切り落としたいほどに
しばらく我慢していたが、早い夕食を口にして早々と薬を飲んだ
食べずにいると、この前の二の舞になると、ちゃんと食べて、横になった
ここで思った事
入院した時、誰かに言われた
、心療内科にも相談した方が良いと
その意味が解らなかったけれど、今回理解できた
「痛い」と思う心の奥に感じなくても、不安や焦りが生じているだろうから、心の奥に薬を届ける
そうすれば、心が落ち着いて冷静になれる
痛みは変わらないけれど、自分は取り戻せる
そんなことを思って言って下さったのではないかと
次回のペインクリニックで、薬の効果が短くなった事を相談しなければ
ペインクリニックに行った
薬が早く切れる事で、朝と夕の間のお昼に、25mgを追加してもらった
薬を増やす事しか、なす術はない
これで、1日のリリカの量は、200mgになってしまった
年齢からは、限界なのか・・・・?