アイリスさんの頸椎後縦靭帯骨化症記録 
(副作用の進行、その後に来た物は・・・

<アイリスの庭へ>


私の場合、最悪&最悪の病状での手術でした。手術で、良くなられた方も、たくさんいらっしゃいます。
これを読んで、この手術を怖がらないでください。この病気を怖がらないでください。
手術するかしないか等は、病院の先生と、よくご相談ください  


うろ覚えの所もありますが、この病気の後遺症で悩んでいらっしゃる方にも出会いたくて作りました
(私の場合、どんどん手や腕の症状が進んでいます。何処まで進むか解らないでいます)
私が、この病気の方を探していた時は、ほとんど情報がありませんでした
最近、検索してみてビックリ、沢山のブログ
それだけ、普通の病気のようになってきているのでしょうか
あれだけののブログがあっても、私の症状に当てはまる人は見つからないでしょう

2015年01月10日
庭でフラッとして、手を地面に着いた状態で倒れる
手の痛みと痺れを感じる
病院2軒を回るが、土曜日であることも重なって、なかなか見て貰えない
フラッとした事から、看護師さんに「脳神経内科」への助言をもらう
2015年01月14日
         21日
         23日
         26日
ネットで探したXX脳神経内科受診
脳系統の検査を全て受ける
全ての検査異常なし
最後に撮った首の画像で、頸椎後縦靭帯骨化症を発見
画像の説明(1cmの所が3mmしかない所があるとの事)
ここの整形では無理との事で、他を探してくださることに

2015年01月29

紹介先としてのXX病院整形を & 予約を取ってもらう(2月17日が最短)
2015年01月30日
2月17日まで待てないと、朝一番で頸椎脊髄湾曲XX病院整形に電話を入れ、症状を話す
時間は解らないが、来院は許可される
受診 全身麻酔術前検査  検査入院の日が決まる
015年02月05日
       〜07日
検査入院
MRI・脊髄造影検査等
前方からか後方から切るかの相談 
  整形6人の先生たちの意見は、半々
  後方(切ってボルトをいれる)
  前方(足の骨を持ってきていれる 術後にする頭の器械がこわそう)
  私も後方を望む(飲み下しに等に、障害がでるかもしれないのが嫌だったから)が、先生に任せる            
2015年02月 外来受診
  結局、後方から切る事に決定

2015年02月25日
自己血採血 CT 頸椎カラー採寸

2015年03月09日
入院  手術前説明

2015年03月10日
全身麻酔の説明


手術前の画像
(もっと解りやすいのを探し中)


2015年03月11日 手術
2015年03月 手術中の説明
 切ってみたら癒着があり、はがしているうちに髄膜が破れて、首後方に流れ出した          
 神経の波が、一時、一直線になり、そのまま手術を続けていたら偶然波が戻った           
 自己血採血の使用有                                                
 手術時間 8時間
 骨1個残して、ボルトが入った
 手術は、成功
2015年03月〜
2015年04月27日
術後の療養とリハビリ
 手が痺れてる事等で、食事をどう食べるか看護婦さんを悩ませる
 いろいろ試みて、コンビニのスプーンに太い柄を付けて下さった
 食事もドロドロから、刻み食におかゆ
 リハビリは最初はベッドで起き上がる事から始まる
 ベッドの横に立つ事・車椅子への移動・車椅子練習・手のグッパの練習など
 看護婦さん付で車椅子で、リハビリ室へ
 リハビリ以外は、車椅子
 病棟で、押し車練習        ・
 腰に紐をつけて、ゆっくり歩くまでに
私の病気は、「5年ほど前に発症していた」と聞く
 その間は、何の症状も無し
2015年04月28日 療養病棟へ
 左足膝あたりに違和感を感じる
2015年05月19日 退院

前方 後方 閉じた状態 開いた状態
手術直後カラー             回復後 カラー


   
手術後の画像 ボルトの入った
状態の画像と
思うのですが?


入院前から、私の病気で家族の大切な時間を奪いたくないと、いろいろ考えておいた
朝が辛い私は、朝食は自分なりにベッドで食べるものは、前から決めていたし、夕食はお弁当を取ることに決めていた
買い物も仲良しになったコンビニの人が届けてくれることに
簡易トイレは、いつもベッドの横に置いてあったのを使う(ネットで、凝固剤のみ注文)
衣類の整理や雑貨類も当面の物は整えてあった
しかし、手術後の体力の衰えで、思ったほど簡単にはいかず、1週間で倒れる
2015年 「要介護2」が、でる 
     ヘルパーさんが月水金で1時間半 日曜日30分 
     訪問リハビリ・訪問看護が、週1で1時間  
     最初は、車椅子を部屋に入れ、お風呂まで連れて行ってもらったが、
      いろいろな物に掴まって行けるようになるのに時間はかからなかった
2015年
 手の痺れ等は、左手右手とも徐々に進む  
足の方はリハビリのお蔭で痺れはある物の徐々に力がついてくる

2015年  XX病院整形、検査と痺れの相談 
      「手術は成功しています」 (何回、聞いた事か) 
      「痺れは、よく考えると、あの時と変わらないとかいう錯覚も・・・」 
      「どこまで進むでしょうか?」 「肘くらいまで・・」 
2016年03月  XX病院整形で、1年目の総合検査  
      CT・MRI・レントゲン・診察
     手の状態が進み、肘まで痺れが・・・ 
      「痺れはどうしようもない どこまで進むかわからない」 
2016年05月01日 介護認定が「支援2」に 
      1時間半が、1時間へ  リハビリ時間は40分 
      30分の差は大きい  ゆっくりと自分でできるようにするしかない 
2016年05月〜
    2016年12月

少しづつ何もかも受け入れて、自分なりの時を、楽しいめるよう努力する
(押し車で少しずつ歩く練習 一人で散歩できるまでになる)
(手の方は、相変わらず進行)

2016年12月下旬  足の方は杖の練習が始まったが、手の方は不便さが増える
2017年01月10日   朝、両腕がひねらえるような激痛 
      近くの薬を出してもらっている整形外科へ 
      いつものリリカ(夕方50mg)を、75mg朝夕に
2017年01月11日 XX病院整形へ 
      「どうしようもないですね」 
      「薬は、いつかは効かなくなるので、僕はあまり進めないのですが」
        (注 この言葉のありがたさと意味を、’18年3月になって知る事に) 
      「認知療法が精神科であるようですが、詳しい事は専門が違うのでわかりませんが・・・」
2017年01年17日 心療内科へ 
      「痛みの認知療法は知りません」
2017年01月18日 ペインクリニックをネットにて知る 
   受診  注射や神経ブロックなどは、頸椎と言う部位では使えないとの事
        薬だけだが、量の限界があるとの事
2017年01月28日  近くの整形外科へ 
       今までの報告と、薬の相談 
       「効かなくなることはありますよ」、「「どうするんですか」 
      「どうしようもないですね」 
       「どうしようもない」の言葉が、ここでも続く 
      紹介状と共に持って行った画像が出ていて、 
      「ここに傷がありますし・・。よくほっておきましたね」 
       その傷は、始めて見た術後の物 
       神経の所に、はっきりと見えた 
       ショックで、何も言えず帰宅                  
2017年 術前術後の画像CDを請求


<傷>
画像の真ん中あたりの細長い線のようです


これは、多分骨化した部分でしょう
首の前方・付け根の方にも、まだあります
たいして大きくないので、大丈夫なのですが、
未だ私は骨化症なのだと改めて感じています
もう歳ですし、定期的な検査もありますから、心配はしていません


2017年02月   「難病相談」をネットで見つけて、連絡を取る                  
      2月は、定員が埋まっているので、キャンセル待ち
                            
2017年02月 「難病相談」へ3月の予約を
      先生がいろいろ変わるようだし、まだ日程も決まっていないとの事
2017年02月18日 近くの整形へ薬の相談
      最近、ふらつきが多い事、午前中の眠気がひどい事を報告
      他の病院の薬を飲んでいることからも、朝の痛み止めを辞める事に(夕方リリカ75mg)
激しい痛みと傷後の事で、どうも動転していた様です
自分の画像データを取り寄せて、しっかり見てみました
見ながら、いろいろな話も思い出しているうちに、気持ちが落ち着いてきました
自分の体を自分が知らないのが、本当は、一番、怖かったのでしょう
もう難病相談も必要ないのかもしれません
でも、受け付けていただければ、1つ2つ、お聞きしたいこともあるので、行こうと思っています
2017年03月06日 「難病相談」へTEL
      5月の予約を取る(私が受けたい先生の御都合がつかないため)
良い方の右手で、コンビニフォ―クが、うまく使えない
夕方の薬を飲んだ後1〜2時間が、左手の鈍痛にも似た痛みが辛い
2017年03月15日 2年後の定期検査
       CT・MRI・レントゲン・ESO
      神経に傷があるために、手の悪化、痛みが生じている事の詳しい説明を受ける
      ボルトやネジに異常なし
2017年03月29日 近くの整形外科へ
      痛みが右腕まで広がったことから、薬の相談・・・良い答え無し
      ペインクリニックへの紹介状無し
      (リハビリの際、背骨がコツコツ言うので、念のため検査
         腰椎の1、胸椎の12に圧迫骨折の後・・完治済み 胸椎6・7が潰れ気味との事)
2017年03月30日 看護師さんの紹介とインターネット検索で、決めたペインクリニック受診
 症状の等の細かい聞き取り・レザー治療
2017年04月07日 ペインクリニック2回目受診  薬での調整へ(リリカとドラムセット配合錠の組み合わせ)
2917年04月20日 ペインクリニック受診  ドラムセット配合錠が効かないため、夕75mg、朝50mgの計125mgに
2017年06月10日 XX病院整形外科で、障害者手帳の見直しの検査を受ける
2017年05月11日 ペインクリニック受診  125mgがしっかり効いたので、試みに量を少なくして見る 夕50mg、朝50mgの計100mg
XX病院整形と内科が、うまくペインクリニックと連携がとれるようになる
2017年05月12日 内科にて血液検査(この量のリリカでは、腎臓は大丈夫らしいが)
リリカを減らしたものの、痛みがひどく、1日125mgの元の量に自分で変更
2017年05月23日 ペインクリニック受診 リリカ夕75mg、朝50mg計125mg変わらず   頓服としてトラマールOD25mgが出る
2017年09月29日 トラマールはきかず、激しい痛みに襲われ、ペインクリニック受診
朝、リリカ25mgを追加 リリカ計150mg
2018年02月10日 ペインクリニック受診  夜 リリカ100mg 朝 75mgで、頓服25mgを昼飲んでいたので計200mg
2018年03月10日 ペインクリニック受診 NEソフトカプセル200朝夕1錠 追加
2018年04月 XX病院にて、術後3年目の定期検査 傷はあるけれど、術後の経過異常なし
背骨の圧迫の痕、多少の湾曲の為、半年後の予約を取る
2018年05月11日 痛みがひどくペインクリニックにて、血流を良くする薬リマプロストアルファデクス錠1日3回を出される
2018年06月04日 ペインクリニック受診 血流を良くする薬 カロナール500mg朝夕 追加


2018年11月 心療内科との薬の関係で眠気が出るため、リリカ朝75mg・夕100mg・リマプロストアルファデクス錠1日3錠にして様子見




2019年
01月
いろいろやってみたけれど、私の後遺症は進むばかり
現在、病院に行くのも車いす、左腕の痛みは強いし、手もこわばりがでて、上手く使えない
右側は痛みが少ないが、こわばりが少しあって、指一本のパソコン入力
後遺症の病院は諦めたし、体調を考えて、在宅往診に切り替える
「どこまで進むのか」と、問える人もいない。「痛みを和らげて」と、言いたいけれど我慢するしかない
心は元気でも、完全に「障碍者」になってしまった
もうすぐ、頸椎の4年目の定期検診がある
今までどおり、「問題はありません」と、首に入れられたボルト等を見せられるのだろう
傷に関して聞いたときに、「ほかの人より、歳を取るのが速くなる」で終わらされた答え
ここまで来て、本当の意味を、分かりやすく教えてくださるかは解らないが、くいさがって聞いてみるのが、先生への最後の手段だと思っている



 2019年3月14日、4年目の手術前日・4年目の検診の日
長年、疑問に思い続けてきたことが、全て理解できた
なぜ、私の後遺症が進むのか? 神経に傷があると、どうなるのか?
これは、退院後、数年たって、近くの整形の先生が、「ここに傷がありますね」と言われた画像
真中が神経で、縦に2か所、白いところが傷だと聞かされた
初めて聞いた「傷」と言う言葉
動揺した・・・諦めもした・・・受け入れようとも
大変な手術だったが、「手術は成功した」と伝えられていた。術後の説明の時も、この傷の話はなかった
傷の事を先生と話したのは、つい最近のように思える
「最初からあった」と、その時は言われたかな。もう何も言えずに無言だった無知な私
もう一度、「それで、どうなるのですか?」と聞く
「これは、取り出そうとしても、取り出さなかった。それが、難病と言われる由縁でもあるけれど。
大きくなれば神経が、圧迫されて、首から下は、動かなくなるだろう」
「動かなくなる」
予期していた言葉だったし、何度も頭に浮かんで、その時の事を考えて、色いろ整理もしていたのに・・・・
先生がおっしゃた次の言葉達が、遥か遠くで響いていた
何故、術後の説明の時に、そこまで話してくれなかったのか?
手の付けられないガン患者の場合でも、今は、すぐに患者さんに話す
でも、昔は、患者さんの心の打撃を少なくするために、気づくまで隠し通す先生もいたように思う
先生がどちらの想いかは、解らないけれど、この4年間で、私の心は変わった

家に着くと同時に、往診の先生が到着
言われたことや、画像を見せた
内科の先生だと思っていたのに、整形も詳しい
「傷はこれですね。歪んでいる所を見ると、つけられた傷ではないですよ」
「傷と言っても、普通に考えるような傷ではなく、こうゆう何だかわからないものも傷にはいる」と教えてくださった
骨化なのか、何かがある状態・・・傷
知らなかった
もっと早く、この先生に会っていれば、気持ちが楽になっただろうに・・
全てが、運命のいたずらか、起きるべき時に起こったものなのか
わからない


 私の頸椎神経の中に、変な物がいる
 頸椎後縦靭帯骨化症+変な物の後遺症が、現在に繋がっているようだ


私の頸椎後縦靭帯骨化症を全て受け入れられた今、傷がどう変わって行くのか、見届けられたらと思う
画像は撮らないと言われたが、5か月後の受診。何をするのだろうか
私は、今回の画像と、前の画像を見比べていただこうと思っているが・・
左右の手は、思うように動かないし、痛いような熱いような不思議な感覚
腕も力が抜けたような感覚だが、「動け」と、命令すれば、まだ動く
私は、まだ幸せな方なのだろう


2019年08月09日
痛みのひどさが強くなってきたので、リリカ25mg増量


リリカを増量した、次の日
ヘナヘナと座り込んで、他の人に話しかけた言葉が、自分が発しているような、いないような、変な感覚に襲われる
一度きりの感覚だが、それ以後、何か普段と違う状態が続く
痛みは、減った物の薬が切れる時刻には痛みが出る
痛みと、相反して、痺れが前より増す


2019年10月 XX病院受診
最近の様子や、「フォークは、持てますか?」等のチェック
私の方から、リリカ25mg追加を報告
「(あなたの場合)痛みは取れない」
「薬を増やして行って、ぼーっとした人生を送るのか・・・」
驚きで、何も言えずに、帰宅
次回、来年の3月は5年目、細かい検査との事


2019年11月中旬、痺れの強さが残ったまま、手・腕の痛みが出始める
おかしくなっている神経の方が、私の歳を遥かに追い越したのだろう



2020年3月
まる5年の全体い検査の為、XX病院受診
頸椎の方は、変わりなし
背骨の圧迫骨折の為に、背が丸くなっている事を言われる
半年後に、その具合を比べるためにも受診予約を取る
「腕立て伏せでもしてみたら」の先生の言葉に驚く
リハビリの先生とも相談して、やってみたら、背骨の痛みが消えてくる
腕の痛みに関しては、あまり話さず
頸椎の2つの物は、最初にくついていた細胞が、剥がされて死んだまま残ったとの事
やっと、理解できる話が聞けた
これからは、半年後に向かって、姿勢をよくしよう
次回は、半年後の9月



ひどい痛みに襲われてリリカ25mg増量
知らない間にリリカ325mgになってしまった
600mgに行くまいと頑張っている物の、痛みの強さの前では、頑張りなど言っていられない
痛みは、脳が感じる事から、感情の起伏を抑えるために、心療内科で、朝夕エビリハイ1mg計2mgを処方される





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